ファイナンス 2021年12月号 No.673
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 2に上昇することとなり、長期的な賃金低下という実証結果と反するものとなっている。今回のDPでは、長期的な観点(すなわち定常状態の比較)で賃金が減少することを説明するモデルを構築した。次節で、どのようなメカニズムを考えれば、長期的に賃金の減少が生じることを説明できるかについて説明する。5. 自動化技術の普及による賃金低下のメカニズムタスクアプローチにおいて自動化技術の普及率を決定する上で重要な仮定は、タスクごとに異質性があることである。先のモデルでは労働の生産性に異質性が仮定されていたが*12、我々のモデルでは、タスクごとの異質性は、自動化技術を導入するための固定費が異なるということに特徴づけられると仮定した。そのために、固定費のタスクインデックスに関する関数を∙ ∙ <⋅ ⇔ < ()=()+()() <() =() ()=⋅ =()(1−)1− (),′()>0 ()=() とおく。また、自動化技術によってタスクを遂行する場合に、そのタスクの遂行の度合は、自動化技術の量を増やしていくほど逓減し、生産に伴って利潤が発生することを仮定した。先に説明したタスクアプローチでは、タスクの投入と遂行の関係は線形の関係を仮定しており、このとき、生産から生じる利潤は均衡においてゼロになる*13。我々のモデルでは、自動化技術導入のために別途固定費がかかるが、利潤が発生することによって、その固定費を賄うことができる場合には、自動化技術が導入されるという状況を想定した。すなわち、機械を使うときの生産関数をln=∫ln()10 ()=()+() ()=()+() ∙ ∙ <⋅ ⇔ < ()=()+()() <() =() ()=⋅ =()(1−)1− (),′()>0 ()=() とした。このような2つの関連する仮定をおくことで、タスクアプローチを拡張した。各タスクにおいて、機械の*12) 経済学では、違いがあることを異質的である(heterogeneous)と呼ぶことが多い。*13) 企業が利潤最大化問題を解くことでこの結果が得られる。詳細は各種ミクロ経済学の教科書を参照。利用から得られる利潤と固定費の大きさを労働から得られるリターン(ゼロ)と比較して、どちらの要素を利用するかが決定される。先のモデルと同様にその境界は一つに決まり、その境界では以下の式が満たされる。 ()=(1−) =(1−)=()⋅(1−)1− このモデルにおいて、賃金は労働市場における需要と供給が一致するところで決まる。労働供給は家計によって行われ、簡単化のために常に一定の労働が供給されると仮定している。労働需要は、各タスクにおける労働需要量l(z)と労働が使われるタスクの割合1-Iのかけ算で表される。需要と供給が一致するという条件から、賃金wは、以下の形で決定される。 ()=(1−) =(1−)=()⋅(1−)1− (6)自動化技術の生産性が上昇すると、自動化技術がより普及することになる(Iが増える)が、(6)式をみると、そのIの増加により賃金が上昇するかはわからない。というのも、C(・)>0であるためにIの増加により上昇する項と、(1-I)というIの増加により減少する項があるためである。どのような場合に減少の効果が強くなるのか(あるいは上昇の効果が強くなるのか)は固定費の関数の形状に依存する。我々のDPでは、固定費の関数が線形であると仮定して、自動化技術の生産性が変化した場合に、普及率や賃金がどのように変化するかを計算した。その結果、自動化技術の普及率Iが低いときには、自動化技術の生産性が向上することで賃金が上がり、逆にIが十分に大きいときには、その生産性向上により賃金が減少することがわかった。主な結果は図3にまとめている。このモデルにおいて、自動化技術の生産性上昇が賃金減少を引き起こす要因は固定費である。基本的に、自動化技術の生産性が上昇すると、その技術がより普及する。しかし、自動化技術がより普及することは固定費を支払うタスクが増加し、固定費に費やされる資 ファイナンス 2021 Dec.61連載PRI Open Campus

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