ファイナンス 2021年12月号 No.673
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4.2 自動化技術と経済成長上記で概観したように、AIやロボットといった自動化技術分野は近年大きく成長した。では、この傾向は経済成長にどのような影響を与えたのだろうか?Graetz and Michaels(2018)によると、産業用ロボットは1993年から2007年の間に、サンプルとなった17カ国の年間国内総生産(GDP)成長率を平均して0.4%ポイント増加させたと推定し、この期間のGDP成長率の約10分の1を占めていると指摘している。この割合は、上で見た拡大の大きさと比べると、決して大きくないように思われる。その理由として、技術の進歩と、その進歩に基づいた新しいアイデアの商業化との間に時間的ラグがあることが挙げられる(Brynjolfsson et al., 2019)。革新的な新技術が実際に活用されるようになるには数多くの発明や調整、問題の解決が必要であり、そのための補完的なイノベーションに時間がかかるということを考慮しなければならない。その例として彼らは、電子化や集積回路などの技術を挙げている。また、自動化技術が経済成長に影響を及ぼす経路として、高齢化の重要性が指摘されている。近年の経済停滞の要因として、理論的観点から高齢化がその原因として挙げられることがある。たとえば、Summers(2013)は高齢化が貯蓄の増加を促し、投資に比べて貯蓄が過剰になると主張している。また、Gordon(2016)は、高齢化によって労働の参加率と生産性が低下することを強調している(Murphy and Welch, 1990などが示唆するように労働者の生産性が40代でピークを迎えるため)。しかしながら、Acemoglu and Restrepo(2017)によると、高齢化と経済成長の間の負の相関は見られず、むしろ逆の関係を示すことが多いとし、彼らは自動化技術の普及がその要因であると仮説として提示した。さらに彼らは続く研究(Acemoglu and Restrepo, 2021)で、人口動態の変化が産業用ロボットへの投資に与える影響は大きく、国ごとの違いの約40%を占めると推定している。すなわちこれは、高齢化によってロボットの導入が大きく進むことを意味し、高齢化の直接的な効果がマイナ*10) この手法はTolbert and Killian(1987)及びTolbert and Sizer(1996)を元に構築されている。日本に対してこの手法を適用した分析はAdachi et al.(2020)を参照。*11) Acemoglu, Autor and Lyle(2005), Moretti(2011), Autor, Dorn and Hanson(2013)を参照。スであっても、生産性が向上する結果が生じ得るとしている。この結果は産業ごとの分析でも観察され、実際自動化されるタスクが多いほど生産性の伸びが大きいこと、及び労働分配率の低下も大きいことが示された。これらの結果は、先に提示した高齢化と経済成長の間の負の相関がみられない要因として自動化技術の普及が挙げられるという仮説を支持するものである。4.3 自動化技術と労働市場自動化技術の普及が経済に及ぼす影響として、最も大きく注目されているのが労働市場への影響である。すなわち、自動化技術の普及に伴い賃金はどう変化するのか、失業率は増えるのか、あるいは格差は拡大するのかといった問いに関連して多くの研究がなされている(Autor et al., 2003; Goos and Manning, 2007; Michaels et al., 2014)。近年注目を集めている手法は、通勤圏で地域を区切り、その圏内で自動化技術の普及が労働市場に及ぼす影響を分析するものである*10。これは労働市場における短期・中期の調整が局所的に生じているというこれまでの研究を反映している*11。Acemoglu and Restrepo(2020b)はこの手法を用いて1990年から2007年の間のアメリカにおける自動化技術普及の影響を検証した。その分析によると、産業ロボットが労働者1000人当たり1台増加すると、雇用者は5.6人減少し、賃金は0.5%減少する結果となった。Dauth et al.(2019)はドイツのデータに対して同様の手法を適用し、雇用及び賃金に対して自動化技術の普及が負の効果を及ぼすことを示した。このように、賃金に対して負の効果があることが近年の実証研究によって明らかになりつつあるが、既存のマクロモデルでは長期的な賃金の低下を説明できない。Acemoglu and Restrepo(2018a)によって提示された1期間のみの経済によって構成される静学モデルでは賃金が減少する可能性があることが示されているものの、長期を分析するためのマクロ経済モデルにそのモデルを拡張したAcemoglu and Restrepo(2018b)では、賃金は自動化技術の普及が進むほど60 ファイナンス 2021 Dec.連載PRI Open Campus

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