ファイナンス 2021年12月号 No.673
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な形で解析可能なモデルに組み込むのかを説明する。まず、自動化技術をどのように抽象化するのかという点については、「労働と代替的な技術」と定義することが多い。労働と完全に代替的であるとするか、あるいは代替性が強いと*5するかはモデルによって異なるが、私見では前者が多いと思われる。以下では完全に代替的であるケースに限定する。多くの基本的なマクロ経済学のモデルでは、労働と資本の間に補完性を仮定する。すなわち資本を1単位追加的に増やすと、それを使うための労働力もより必要になる。こうした仮定を設けるのは、資本の増加は労働に対する需要の増加を伴い、賃金を上昇させる効果があると考えることが自然だと考えられてきたためである。しかし、もし自動化技術を用いた資本(ロボット等)が労働と完全代替で補完性がない場合、資本の増加はそれまで労働によって遂行されていた仕事が置き換えられることを意味する。そのため補完的な場合と異なり、たとえば資本の生産性が上昇して、よりたくさんの資本を使われるようになった場合には、労働需要及び賃金を減少させる効果が生じることとなる。それを表すためには、代替的な技術を仮定するモデルを構築する必要がある。具体的なモデルの詳細に入る前に自動化技術のモデルの特徴を説明しよう。まず、生産部門では最終財が生産されている。最終財とは生産投入に使われず、消費や投資に使われる財のことを言う。ここでは静学モデル*6を考えているので、将来の生産に寄与するような投資を行うことは考慮されず、生産されたすべての財が消費されることになる。最終財の生産には「タスク」が投入される。通常多くのモデルでは、最終財の生産には中間財が投入されるという設定が用いられるが、自動化技術の文脈では多くの場合、中間財の代わりにタスクが投入されると考える。これはタスクアプローチ(あるいはタスクベースモデル)と呼ばれている。タスクを投入すると仮定する場合も、中間財を用いると仮定する場合も、数学的な構造は変わらない。では、なぜわざわざ数学的には同じものを別の呼び方でモデル化し、それが広*5) 代替性が強いとは、機械1台を追加したときに同じ生産量を達成するために減らすことのできる労働者の数が多いことを意味する。難解な表現だが、経済学ではよく用いられる言い回しである。*6) 静学モデルとは、一時点のみで完結する経済を考えるモデルのことを指す。一時点のみで完結するので、将来のことを考慮して投資を行うという意思決定を排除している。静学モデルは動学モデルに拡張する際のベースとなる。く受け入れられているのだろうか。中間財とは、最終財の生産のために必要とされる材料やサービス等であり、それらが組み合わされて最終財が出来上がる。生産過程で用いられるのが何らかの中間財であると仮定してしまうと、自動化技術の普及によって労働者が置き換えられるという特徴を捉えることができない。たとえば、自動車の生産過程を、中間財である鉄鋼をどれだけ投入するかという見方でとらえると、組み立てを行う産業ロボットを導入しても、材料となる鉄鋼の投入量は変わらない。本来、産業ロボットの導入によって影響を受けるのは組み立てに従事していた労働者である。すなわち、自動化技術をモデル化するにあたっては、生産過程の中で、資本と労働が代替関係をもつ、組み立てのようなタスク単位についてまで考えなければならない。タスク単位で考察するためには、タスクの属性によって職業を分割する必要がある。たとえば、Autor et al.(2003)では、アメリカのDictionary of Occupational Titlesで分類されている12,000の職業を、タスクの属性によって5つに分割し、それらのタスク間及びタスク内での賃金格差を分析した。その分割の軸としては、「認知的(cognitive)」であるかと、「ルーティーン」であるかである(ルーティーン業務でなくかつ認知的なタスクはさらに分析タスクと対話式タスクに分けられている)。3.2 自動化技術の理論モデル次に、タスクアプローチのモデルをそのエッセンスに集中して説明しよう。ここで紹介するモデルはAcemoglu and Autor(2011)を簡略化したものである。まず先に述べたように、生産部門では、様々なタスクを用いて最終財が生産されると考える。最終財生産のために使われる技術(生産関数)としては、例えば以下のような定式化が考えられる。ln=∫ln()10 ()=()+() ()=()+() 56 ファイナンス 2021 Dec.連載PRI Open Campus

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