ファイナンス 2021年12月号 No.673
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 22つの要因に関する研究を紹介することで研究動向を概観し、その中でのDPの位置づけを紹介したい。2.労働分配率の低下と自動化技術経済学において有名な定型的事実として「カルドアの事実」というものがある。Kaldor(1961)において、当時のマクロデータをつぶさに観察することで得られた経済状況に関する傾向をまとめたものである。その事実の一つとして、「労働分配率は安定的に推移する」というものがあった。労働分配率とは、生産によって生み出される価値のうち、労働者が受け取る割合のことであり、カルドアによる観察以後も数十年にわたって労働分配率は長期的には一定で推移した。そのため、経済学者によってつくられる経済モデル(とくにマクロ経済モデル)は、この労働分配率をはじめとするカルドアの事実に矛盾しない形で構築されることが求められてきた。しかし、1990年代以降労働分配率が長期的に低下していることがここ10年の間に行われた多くの研究で示された*4。この現象は経済学の潮流に大きな影響を与え、その要因の解明が経済学における中心的なトピックの一つとなった。現時点では結論が出ているとは言い難いが、有力な原動力として主に次の5つが考えられている。それぞれ、1.資本価格の低下(Karabarbounis and Neiman, 2013)、2.貿易及びアウトソーシングの拡大(Elsby et al., 2013)、3.社会的な規範や経済制度(Piketty, 2014)、4.産業内の構造変化による生産性の高い企業への集中(Autor et al., 2020)、5.労働節約的な技術の進展である。本稿で注目する自動化技術の進歩は5つ目の項目に含まれる。どの要因も重要ではあるが、Bergholt, Furlanetto, and Faccioli(2019)によると、自動化技術の影響が考えられうる要因の中でもっとも影響が大きいと推定されている。*4) Grossman and Obereld(2021)によると、このテーマに関して12,000個以上の研究プロジェクトが関係している。というのも、労働分配率の計測にあたっては測定誤差が生じる要素があり、OECD等で整備されているデータだけでは本当に労働分配率が減少しているかはっきりしないからである。しかし、それを考慮しても労働分配率は減少しているというのが定説になりつつある。たとえば、自営業に関してはGollin(2002)やElsby et al.(2013)が、無形資産に関しては Koh et al.(2020)が詳細な分析を行っているが、いずれの場合でも労働分配率の減少が観察されている。先に述べた社会的な関心だけでなく、この労働分配率の低下というマクロ経済学的に重要な現象を説明するという文脈で自動化技術に学術的な関心が向けられたことが、近年の経済学における自動化技術研究のきっかけとなった。ただし現在では、その労働分配率の低下の説明という枠を超えて、自動化技術が経済の様々な側面へ与える影響を分析する研究が大きな割合を占めるようになっており、今回のDPもその文脈に位置する。自動化技術の経済への影響を分析するための理論的・実証的な手法が利用可能となったことが、研究分野としての発展の背景として挙げられる。次はそれらの手法について説明しよう。3.自動化技術研究の理論的発展いかに重要なテーマであれ、それを分析する道具がそろっていなければ分野として発展することは難しい。理論的側面では、多くの研究者が扱いやすい、すなわち数理的にシンプルな形で多くの含意を得ることができるモデルの開発が必須となる。さらに、データを用いた実証分析によりその理論的含意の妥当性が検証されなければならない。そのためには関心のある対象を分析することを可能にする実証的手法及び詳細なデータが必要とされる。近年これらの条件が満たされることにより、自動化技術の研究が大きく進展した。まずは理論的な発展から説明しよう。3.1 タスクアプローチ経済学において、理論的な分析とは、いくつかの仮定の下で数理モデルを構築し、そのモデルの下で政策等によって経済がどのように変化するかを解析することを言う。複雑な現実の経済を、人間が扱うことのできるモデルで書き表すためには、その現実を抽象化する仮定を置く必要がある。さらにただ抽象化するだけでは分析することができず、数学的に解析可能であることが示された(あるいは示すことができる)形でうまく設定されなければならない。ここでは、自動化技術をどのような形で抽象化するのか、そしてそれをどのよう ファイナンス 2021 Dec.55連載PRI Open Campus

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