ファイナンス 2021年12月号 No.673
58/86

PRI Open Campus~財務総研の研究・交流活動紹介~財務総合政策研究所では、所属する研究者たちによる研究活動の成果として、学術的な新規性を有する内容を発表することを目的とする「ディスカッション・ペーパー」(以下DP)を刊行しています*1。今月のPRI Open Campusでは、今年の10月に刊行された、自動化技術に関するDPについて、「ファイナンス」の読者の方々にも関心を持っていただけるように、どのような学術的背景があるのか、どのような問題意識に基づく論文なのか、どのような貢献があるのかをわかりやすく紹介します*2。1.はじめに自動化技術の普及によって労働者の仕事が奪われ、労働市場に大きな影響を与える可能性については、経済学者たちも大きな関心を払っている。たとえば、Frey and Osborne(2017)は、702の仕事が将来コンピュータによって行われる確率を推定し、アメリカにおけるコンピュータ化が労働市場へ与える影響を検証した。彼らの分析によると、47%の仕事が高いコンピュータ化のリスクにさらされており、今後10~20年の間に自動化される可能性があると予測されている。日本においても、同様の手法を用いた推計によって、49%の仕事が自動化される可能性があるという予測がある(野村総合研究所, 2015)。そのほかにも、多くの研究・論考において同種の危惧が表明されてい*1) DPは財務総合政策研究所のホームページに掲載されている。https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/index.htm*2) 桃田翔平・清水涼介“Does Automation Technology increase Wage?”(https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron343.pdf)*3) 今回とは近年のIT化及びAI・ロボットの発展を指す。これらの影響を議論する際に、よく“This time is different.”というキーフレーズが使われる。る(Brynjolfsson and McAfee, 2014; Ford, 2016; Rüßmann et al., 2015; Manyika et al., 2017)。これらの結果は、その数値の大きさも相まって社会に大きな衝撃を与えた。歴史を振り返れば、人類は産業革命以降さまざまな形で自動化技術の進歩を経験し、実際に多くの仕事が機械によって代替されてきたが、その一方で、賃金は上がり続け、失業は減少した。このような結果となった要因として挙げられるのは、新しい仕事の創出である。個々の仕事に関しては機械に置き換えられても、同時に新しい仕事が生まれることでマクロ的にはその余剰労働力が吸収されてきた。このような歴史的経緯があるため、多くの経済学者たちは、「自動化技術の普及によって労働者の仕事が奪われ、労働市場に悪影響を与える」との社会的な懸念について、果たして今回こそ当てはまると言えるのか*3、懐疑的な見方を示してきた。しかし、近年においては、自動化技術が労働市場に対して、これまでとは異なる影響を与えるのではないかとの観点から、経済学の文脈で注目が高まっており、自動化技術について多くの研究が行われている。その要因として、次の2つが挙げられるだろう。第一に、労働分配率の低下という新しい実証的事実に対して、自動化技術の普及が強い説明力をもつという点である。第二に、新しい理論的・実証的手法によって自動化技術の労働市場に与える効果をうまく捉えることが可能になったという点である。以下では、具体的にこれら財務総合政策研究所 総務研究部 研究官 桃田 翔平自動化技術研究の理論と実証254 ファイナンス 2021 Dec.連載PRI Open Campus

元のページ  ../index.html#58

このブックを見る