ファイナンス 2021年12月号 No.673
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関は、その業種の性質に伴って、課せられる義務に限定が付いているということだ。特に、士業における限定は上述の通りであり、各国ともに、地下資金対策上の要請と、これらの業態への配慮との間で、バランスを取ることに苦慮している。第二に、より実態面からの記述として、金融機関はこのような広範な義務に服してはいるものの、一早くマネロン規制の対象となり、経験値が集積されているため、非金融機関に比べると圧倒的に業界としての規制の理解や、遵守の度合いが高い。逆に言えば、非金融機関は一般に今後も地道な底上げが必要な業種が多く、この点は、今般の相互審査でも指摘を受けた。筆者が多くの業界と接する中でも、やはり非金融機関は、更に細かい業種別・個社別の差異を捨象して概括すれば、事業者及びその監督官庁の双方につき、金融業種と比較すれば圧倒的に理解が不足していると感じた。一例として、上述の疑わしい取引に関して言えば、直近の2020年における同取引の届出数432,202件の内、約93%に当たる402,868件は金融機関等のものであり、銀行等だけに限っても、この数字は319,812件(約74%)に上る*10。各業態を取り巻くリスクの差を踏まえてなお、その取組みの実態にはまだまだ格差が大きいと言えよう。もっとも、ここについても程度差こそあれ、世界おしなべて同様の状況が見られるところである。なお、特定事業者のリストを見て特に、チャンネル機能を有するものとして指定された業種が、これだけの非金融機関にまで及ぶことには驚きを感じる向きもあるだろう。しかし、序章の設例で示した通り、およそある程度ロットの大きなカネが何かに化体する場所であれば、全てマネロンの経路になり得るため、これはむしろ自然なことである。もっとも、業種ごとのリスクの高低は、国によって異なる。例えば、我が国において宝石や貴金属店は、一部の羨ましい富裕層や投資家を別とすれば、人生でそう何度も足を踏み入れる場所ではない。他方、一定の国や地域においては、これらはずっと身*10) 前掲・犯罪収益移転防止に関する年次報告書(令和2年度版)、警察庁*11) Money Laundering / Terrorist Financing Risks and Vulnerabilities Associated with Gold, FATF & Asia Pacic Group, July 2015 Money Laundering and Terrorist Financing through Trade in Diamonds, FATF & Egmont Group, October 2013 Money Laundering and Terrorist Financing through the Real Estate Sector, FATF, June 2007*12) 正式名称は「特定複合観光施設区域整備法」*13) 則竹幹子『米財務省による「高額な美術品取引から生じる潜在的な制裁リスクに関する勧告と指針」』CISTEC Journal, 2021年1月*14) DIRECTIVE(EU)2018/843 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 30 May 2018 amending Directive(EU)2015/849 on the prevention of the use of the nancial system for the purposes of money laundering or terrorist nancing, and amending Directives 2009/138/EC and 2013/36/EU*15) Advisory and Guidance on Potential Sanctions Risks Arising from Dealings in High-Value Artwork, US Department of the Treasury, October 30, 2020近な存在であり、実体経済において大きな位置付けを占めている。当然、このような場所においてはマネロンの観点からも、これらの業種は高リスク・セクターとされ、注視すべき対象となる。特定業種に係るマネロン・リスクや事例については、国内の対応監督官庁・業界団体のHPと並び、FATFの関連文書も参考となる*11。我が国の直近の動きとして、暗号資産交換業者、また、IR実施法*12の施行に伴いカジノ業者が加えられる等、特定事業者のリストは、今も拡大の途上にある。他方、国際的なレベルにおいて、今後義務の拡大対象として俎上にのぼって来る可能性がある業種の一つとしては、美術商が挙げられる*13。絵画等の美術品は、不動産と同様の高額取引対象でありながら、(1)運搬の容易性、(2)売買の匿名性、(3)価格の主観性、といった性質を兼ね備え、悪用しようとする者にとっては、地下資金を動かす上で格好の媒体となり得る。また、そもそも取引対象の美術品がカネの媒体であるのみならず、それ自体盗品であったりと、犯罪行為に直結していることも大いに想定される。EUはその危険性にいち早く着目し、2018年のマネロン指令第5次改訂*14において、10,000ユーロ以上の美術品取引を規制の対象とした。更に米国財務省は、2020年10月に勧告を発出し*15、市場価格10万ドル以上のバーレーンの街中の、宝石・貴金属店。同国のFATF審査においては、この業種が高リスク・セクターの一つとして名指しされている。(出典:Francisco Anzola, CC BY 3.0)52 ファイナンス 2021 Dec.連載還流する 地下資金

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