ファイナンス 2021年12月号 No.673
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本章のテーマは、このゲートキーパー機能ないしは官民の共働関係が、どのような形で拡大を見たかである。そこには、大きく二つの方向性がある。第一は、当初は機械的な記録・報告だけであった義務が、オペレーションの時系列に沿って広がって行く垂直的拡大、第二は、義務を課せられる事業者が、金融機関だけであった当初から他の業種へと広がっていく、いわば水平的拡大である。今や、地下資金対策のために民間事業者が負わされる負担は、非常に重いものとなっている。それは、日々のコンプライアンス業務の事務負担というだけに留まらず、それに不備があった時の制裁というリスクにも及ぶ。最近の事例では、2017~18年に架けて発覚したデンマークに本拠を置くダンスケ銀行が、そのエストニア支店を経由し、過去数年間に亘りロシア顧客に係る26兆円余りのマネロンに加担していたとして、米国を含めた司法当局の介入を招いた。この事件により、ダンスケ銀行はエストニア支店の閉鎖を命じられ、CEOは辞任に追い込まれると同時に、財務責任者は刑事訴追を受けた。各国当局の捜査は未だ終結していないが、巨額の制裁金が課される可能性も予想されており、株価の大幅な減額を伴うレピュテーションの毀損*2) Frances Schwartzkopff, Danske Faces Long Road Back as Fine From Probes Seen Hitting $1 Billion, Bloomberg, March 18, 2021*3) それぞれの正式名称は、(1)犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)、(2)組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(平成11年法律第136号)、(3)国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(平成3年法律第94号)、(4)公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律(平成14年法律第67号)、(5)外国為替及び外国貿易法(昭和24年法律第228号)、(6)国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法(平成26年法律第124号)も併せれば、経済的損失は計り知れない*2。犯罪に不注意で加担してしまっただけでも、一民間事業者であれ途方もない制裁を受けかねないのが、地下資金対策におけるバーデン・シェアリングの厳しさである。1.日本の法体系と官民間シェアリング本稿の射程は、日本の制度に留まるものではなく、FATF基準を中心とした地下資金対策の在り方一般を対象にしているが、議論の便宜上、ここでは我が国の法体系を前提に話を進めたい。FATF基準を中核とした重層的な国際的枠組については既に見た通りであるが、これを国内法化した我が国の法体系も、また一筋縄では行かない複雑な構造となっている。大前提として、「地下資金対策法」といった名前の法律は存在せず、関連する諸法律及びその下位法令の束が、実質的意味での地下資金対策法を構成していると言える。その中でも、特に重要な法律は(1)麻薬特例法、(2)組織的犯罪処罰法、(3)テロ資金提供処罰法、(4)外為法、(5)国際テロリスト財産凍結法、(6)犯罪収益移転防止法、の6つである*3。そしてこれらは、以下の順番で理解すると分かり易い。第一に、(1)~(3)は何れも刑法の特則に当たり、マネロン及びテロ資金供与を犯罪構成要件化し、また、一定の犯罪類型について重罰化を定めるものである。理論的に言えば、これらを犯罪として規定することが地下資金対策の第一歩である。正に、地下資金対策という家屋の、礎石部分と言える。なお、これらの法律が3つに泣き別れしているのは、歴史的経緯によるものである。即ち、マネロンの犯罪化が先駆けて行われたのは麻薬犯罪に関してであり、従って既に存在した麻薬特例法が先陣を切って、関連規定を置くことになった。その後、前提犯罪が拡大されるに伴って、新設された組織的犯罪処罰法が麻薬犯罪以外の前提犯罪についてもマネロン規定を設け、更に、国際的枠組においてテロ資金供与の犯罪化が求められるようになったことに対応し、テロ資金提供処罰法が定められることとなった、という流れである。デンマーク・コペンハーゲンに本拠を置くダンスケ銀行は、世界に衝撃を与える大規模なマネロン疑惑の震源地となった。(出典:RL0919, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)46 ファイナンス 2021 Dec.連載還流する 地下資金

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