ファイナンス 2021年12月号 No.673
49/86

前章までで、地下資金対策に係るグローバル・アーキテクチャーが非常に独特な形成史と、それに基づく態様・作用を持つものであることを見て来たが、それが各国内で実施されるに当たっての在り方も、また極めてユニークなものである。それは、官民の壮大なバーデン・シェアリングの構想とでも言うべきものであり、特に民の側が、これだけ広範かつ重い負担を強いられている例は、他に類を見ない。その原型は、70年代の米国に遡る。ニクソン大統領は、ベトナム戦争中のヒッピー文化に伴う麻薬蔓延に対し強硬姿勢を取り、直接的な取締りのために麻薬取締局(DEA:Drug Enforcement Agency)を設置するとともに、資金面からの対策として銀行記録・外国取引法を成立させ、金融機関にゲートキーパー機能を付与した。これこそが、政府と、金融機関を中心とする民間セクターの共働という、現在に繋がる地下資金対策の中核部分の出発点である。この官民共働のメカニズムは、現在ではFATFというプラットフォームを通じ、全世*1) 米国麻薬取締局ウェブサイト https://www.dea.gov/foreign-ofces界において標準化されている。他方、DEAは日本の麻薬取締局にあたる機関ではあるが、今日、68か国に91の拠点を有する国際的ネットワークを誇っており、日本のそれとは規模において比較にならない*1。正に、米国における地下資金対策の国内外の基盤が、この時代に生み出されたと言えよう。■地下資金対策の各国内の実施体制は、官民のバーデン・シェアリングによる、壮大な共働の体系。これは、膨大なカネの流れから地下資金を発見するという困難なミッションを実現するため、民に事務負担のみならず責任も重く課す、独特のもの。■そしてそのスコープは、官民双方において時代とともに拡大して来ている。それらは、時系列に沿った「垂直的」拡大と、主に対象業種に係る「水平的」拡大の2つの方向性があり、どちらも、今後更に発展・高度化していく可能性を有する。■日本の法体系も、かかるバーデン・シェアリングの観点、及びそれに対応するFATF勧告に関連付けた形で整理することが可能。もっとも、その体系は成立経緯を反映し過度に錯雑化しているところ、将来的には見直しを検討する余地がある。要旨IMF法務局 上級顧問  野田 恒平還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―米国第37代大統領、リチャード・ニクソン(出典:SPC 5 James Cavalier, US Military, Public domain)「麻薬戦争」を強力に推進したニクソン大統領時代の米国で銀行記録・外国取引法が成立し、官民の共働という地下資金対策の中核となるメカニズムが形成された。官民のバーデン・シェアリング5本章の範囲国家間の共働・軋轢各国の制度設計・実施国際規範・基準の形成犯罪収益テロ資金核開発等資金刑事政策外交・安全保障 ファイナンス 2021 Dec.45連載還流する 地下資金

元のページ  ../index.html#49

このブックを見る