ファイナンス 2021年12月号 No.673
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評者渡部 晶與那覇 潤 著平成史 ―昨日の世界のすべて文藝春秋 2021年8月 定価 本体2,200円+税著者の與那覇潤氏は、1979年生れで、筑波大学附属駒場高等学校を経て、東京大学教養学部・同大学院総合文化研究科博士課程を終了後、2007年から17年まで愛知県立大学准教授で、日本近現代史を専門とした。2014年春にうつ状態と診断され、2015年から2年間の休職を経て、17年に大学を辞している。そのうつ体験と同時代史を綴った『知性は死なない―平成の鬱をこえて』(文藝春秋、2018年4月)は大変な話題作で、この11月には文春文庫から増補版が出ている。この増補版には、気鋭の「現」臨床心理学者・東畑開人氏(十文字学園女子大学准教授)が「ゲームマスターと元歴史学者―そのワイルドな知性」(以下「東畑解説」とする。)という素晴らしい解説を寄せている。與那覇氏の著作については、本誌2013年10月号で、東島誠氏との共著『日本の起源』(太田出版)、同2015年1月号で『中国化する日本 増補版』(文春文庫)、同2018年5月号で『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫)を紹介している。その後も、『歴史がおわるまえに』(亜紀書房、2019年)、『荒れ野の六十年―東アジア世界の歴史地政学』(勉誠出版、2020年)、『歴史なき時代に―私たちが失ったもの 取り戻すもの』(朝日新書、2021年)が出版されているほか、斎藤環氏との対談をもとにした共著『心を病んだらいけないの?―うつ病社会の処方箋』(新潮選書、2020年)は、第19回小林秀雄賞を受賞している。本書は、東畑解説で「與那覇氏の代表作となるであろう」とされている。著者が「PLANETS」(宇野常寛主宰)のメールマガジンで途中(第13章)まで連載されたものを原型とした、まことに重厚な1冊である。なお、本年3月から9月まで約半年、ジュンク堂書店池袋本店での企画「作家書店」の第31代店長が著者であった。著者による700点以上の選書が7つのセクションにわけて展示されていたが、その読書の蓄積には圧倒され、読みの確かさ、深さというものはここからくるのだと確信した。本書にはそれが随処に反映されている。本書の構成は、「序 蒼々たる霧のなかで」にはじまり、3部(1989年―1997年、1998年―2010年、2011年―2019年4月)にわたる歴史叙述ののちに、「跋 歴史が終わったあとに」で終わる。平成の約30年間を、概ね1章につき2年ごとの全15章で叙述しきる構成だ。そしてそれぞれの章に、当該の時期の特徴を一言で示す印象的な章題がついている。その豊富な内容を過不足なく紹介することは評者の非力から難しいが、蛮勇を奮って気が付いた箇所を紹介してみたい。「序」における「無限の反復のなかで」で、西部邁の1979年の「諸君」への紀行文「反進歩への旅」の1節を示し、浅田彰(1989年)、宮台真司(1999年)、東浩紀(2009年)、落合洋一(2019年)の各氏いずれが書いてもおかしくないことを読者に納得させ、「私たちが生きる社会が直面する課題が、ここ半世紀ほどまったく変わっておらず―そしてなにより―そうした潜在する不変の構造を明るみに出し、私たちが常にそれに挑んできたという同時代史4444を描く営みが衰弱しているからこそ、過去の積み重ねが歴史として蓄積されない。結果としてあたかもループもののアニメのように、一定期間ごとに『同じような思想・運動』のブームが反復され、しかしまさに先行する経験を忘却しているがゆえに、挫折しては知性への信頼をそこなってゆく」(11頁~12頁)との指摘がつき刺さる。しかし、著者は、まずは「さぁ、旅をはじめましょう。私たちと同じ問いを、悩みを、平成ないしポスト冷戦の30年間に考え抜いた人びとの貴重な痕跡に、耳をすませながら」(16頁)とするのだ。第Ⅰ部は、類書同様、冷戦の終結からはじまる。しかし、同時に「冷戦の終焉は単なる国際政治上の力学の変化ではなく、ひとつの『思考法』が崩壊することでした」とし、あわせて、天皇という『模範』も喪失し、「国民全般から思考する上での参照軸、モデルが喪われてしまった。それが平成元年=1989年の1年間に日本で起きたことでした」(24頁)という。1997年(平成9年)までの9年間だけで平成とい34 ファイナンス 2021 Dec.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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