ファイナンス 2021年12月号 No.673
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5国務院の「横やり」こうした政労使間の調整が続いている中、行政裁判の最高裁判所に当たる国務院(Conseil d’Etat)が2020年11月25日の決定で、四本柱の改革項目(ボーニュス・マリュス制度の導入、失業手当受給要件の厳格化、失業手当支給額計算方法の厳格化、高所得者の手当逓減制導入)のうち二つの項目の無効を判示した*24。この決定は複数の労働組合からの訴えに基づくものだった。無効と判示された第一の項目は支給額計算方法の厳格化(ニ)に関するものである。従来、失業手当の受給額は、受給前に働いていた日の賃金のみを考慮して決定されていたが、改革後は月平均の賃金が基準となる。短期雇用と短期の失業手当受給を繰り返す濫用的な行為を防止しようとする改正内容だったことはすでに触れた。改革後の制度下では同じ労働時間、同じ賃金水準の2人の労働者であっても、就労時期が分散しているか連続しているかなどによって受給額の差が生じる点が不合理とされた*25。無効と判示された第二の項目は、ボーニュス・マリュス制度(イ)に関するものである。こちらは法形式に関する判示で、制度の基準についてアレテ(省令)で定めているもののうちに、デクレ(政令)で定めるべき類のものがあるという理由で無効とされた。手当受給要件の厳格化(ロ・ハ)や高所得者への支給額の逓減制(ホ)などについては有効とされた。ボルヌ労働大臣はプレスリリース*26を出し、「労使との*24) https://www.legifrance.gouv.fr/ceta/id/CETATEXT000042570066?tab_selection=cetat&searchField=ALL&query=ch%C3%B4mage&searchType=ALL&dateDecision=24%2F11%2F2020+%3E+26%2F11%2F2020&sortValue=DATE_DESC&pageSize=10&page=1&tab_selection=cetat#cetat*25) この国務院の決定に対しては、早速批判も上がった。(2020年12月4日付レゼコ紙へのPierre CahucとStéphane Carcilloの寄稿)。すなわち、二人のエコノミストによれば、改革案は失業給付に入る前の平均月収を正当に評価しようとするものである。国務院の決定は、例えば、全営業日フルタイムで4か月働く者と、週1日だけフルタイムで20か月働く者を比較したとき、改革案では前者が5倍の手当を受給することを問題視しているが、この較差は「平均月収」の補償という失業保険の考え方からすれば正当化される、とする。その上で、この二人のエコノミストは、月のうち一週間だけフルタイムで働くCDDを2年間経たような労働者が失業保険に登録するだけで就労時の2倍の収入を手にできるような現行制度にこそ問題があったのだ、国務院の決定はこうした不合理を永続化しかねない、と批判している。https://www.lesechos.fr/idees-debats/cercle/opinion-assurance-chomage-ou-est-vraiment-la-disproportion-1271073*26) https://travail-emploi.gouv.fr/actualites/presse/communiques-de-presse/article/reforme-assurance-chomage-le-ministere-prend-acte-decision-conseil-etat*27) https://www.sudouest.fr/2020/12/14/reforme-de-l-assurance-chomage-les-concertations-reprendront-debut-janvier-annonce-borne-8188037-705.php対話を通じて、改革の哲学と特別な状況への配慮を両立させる回答を出すことができるだろう。この調整を国務院が指示した2021年3月までに行うことができるだろう。」とコメントしている。6越年こうした国務院の判示内容を政労使の間で咀嚼する必要が生じたこともあり、2020年12月14日、ボルヌ労働大臣は2021年の年明けに労使代表との間で失業保険に関してさらなる調整を実施する考えを示した。本来は2020年の年内決着を目指していたものとされていたが、失業保険改革の帰趨は年を越えた調整に委ねられることとなったのである*27。以上、コロナ危機の到来に伴う失業保険改革の2020年内における速度調整を見てきた。フランス政府は都合三度、施行時期を後ろにずらした。一方で改革の中身には未だ触っていない。いわば陣形は維持したまま、ジリジリと前線を下げた形である。そこに横から国務院を介した攻勢をかけられ、戦端を開く時期を持ち越した。来月号の「失業保険改革編・下」では、2021年が明けて以降の失業保険改革を巡る攻防と、その帰結を見た上で、「医療提供体制改革編」から続いた本連載全体を締めくくることとしたい。※ 本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織の見解を示すものではない。 ファイナンス 2021 Dec.31コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方SPOT

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