ファイナンス 2021年11月号 No.672
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佐原人生を年代順に追い、測量器具、日記、その業績の結晶である「伊能図」のほか、国宝「伊能忠敬関係資料2,345点」を所蔵しています。台座の高さ約5.5m、像の高さ約3.3mの忠敬が測量中の姿をした立派な銅像が建つ佐原公園は、佐原地区の市街や利根川を眼下に一望できる高台もあり、春には公園内の桜が満開となり多くの人たちが訪れています。このように、「名誉に関わらず困窮している人の命は救うべし」という信念をもって、地元のために力を尽くし、日本地図を完成させた忠敬の偉業は、今も語り継がれています。 日本遺産認定『北総四都市江戸紀行』~ 江戸を感じる北総の街並み ~佐倉の「城下町」、成田の「門前町」、銚子の「港町」そして佐原の「商家町」。北総地域の四市を舞台としたストーリーが、平成28年4月、日本遺産に認定されました。東京近郊にありながら、四つの町並みや風景が今も残り、江戸情緒を体感することができます。江戸時代の佐原は、下利根随一の河港商業都市で、江戸時代初めから酒造も始まり、廻米(江戸と諸国・諸藩間のお米の輸送のこと)・酒造・商業の一大拠点でした。海難事故の多い房総沖を避け、銚子から利根川を遡って江戸に向かうルートが主要水運として発達したことで地の利を得た佐原。商家町として、「江戸優り」と例えられる繁栄ぶりでした。また、香取神宮参道の起点として参拝客でも賑わい、江戸後期には行楽の船旅として、三社詣で(香取神宮・鹿島神宮・息栖神社)が流行し、江戸との密接な関わりが経済だけでなく地域文化も活性させた結果、日本地図を作成した伊能忠敬や、順天堂大学の始まりともいえる順天堂医院を開いた近代医学の中心人物である佐藤尚中などの文化人を多く輩出しました。ここ佐原では、平成8年に関東で初めて重要伝統的建造物群保存地区に選定された小野川沿い、街道沿いを中心とした商家が軒を連ねる江戸時代の活気ある町並みが残され、江戸情緒を感じながら散策し、往時の商人の暮らしを体感することができます。 香取神社400社の総本山 香取神宮~ 神武天皇18年創建 屈指の名社 ~香取神宮は、古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く、特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されています。香取・鹿島両社は、時の大和朝廷が北方民族「蝦夷」などに対する守りの最前線基地とし、平定神としても重要視しており、その後は時の権力者藤原(中臣)氏の氏神として手厚く崇拝されました。そのような流れから、710年に遷都された奈良平城京の護神として、藤原不比等により創建された春日大社の主祭神として、香取・鹿島の両神が祀られました。このことから、香取神宮などを介して中央との繋がり、交流があったことが伺われます。奈良の春日大社のほかにも、宮城の鹽竈神社を始めとして、香取大社を御祭神とする神社は全国各地に及んでいて、広く崇敬を集めており、家内安全、産業(農業・商工業)指導の神、海上守護、心願成就、縁70 ファイナンス 2021 Nov.連載各地の話題

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