ファイナンス 2021年11月号 No.672
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る目的に照らして不均衡な措置であり、移動の自由や私生活を尊重する権利が侵害されるなどとして、パスサニテールの違憲性を主張した。これに対して、憲法院は、国民の健康を守るという憲法上の目的の達成と、憲法で保障された権利と自由の尊重を両立することは立法府の役割であるとし、特定の場所への立入りを制限することができるパスサニテールの規定は、移動の自由、集会の自由、思想意見を集団で表明する権利を制約することになるものであるとした上で、次の5つの理由から、当該規定を合憲と判断した。(1)立法府は、利用可能な科学的知見に照らして、ワクチン接種を受けた者等は感染リスクが大幅に軽減されると評価した上で、パスサニテールによって、国民の健康を守るという憲法上の目的の達成を追求した。(2)パスサニテールの適用は、法律の施行から2021年11月15日までの期間に限定されており、立法府は、この期間に感染力の強い変異株の出現による感染拡大の重大なリスクが存在すると評価した。(3)立法府は、パスサニテールにより医療へのアクセスが遮断されることのないように配慮しており、また、緊急の場合の移動について適用除外としている。パスサニテールは、保健衛生上のリスクに厳密に比例し、時と場所の状況に適合したものでなければならず、必要性が失われた場合は遅滞なく廃止されなければならない。(4)パスサニテールは、ワクチン接種等の義務を課すものではなく、健康上の理由でワクチン接種ができない場合は、保健当局の意見を聞いた上で、代替の証明書を発行することとされている。(5)パスサニテールの確認は、施設等の管理者又は法執行機関の職員によってのみ行うことができる。さらに、パスサニテールの提示は、保有している文書の性質を知り得ない形で行われなければならず、法執行機関の職員のみが身分証明書の提示を求めることができるとされている。日本でも報道されているように、フランスでは、7月後半から、毎週土曜にパスサニテール反対のデモが行われているが、参加者は、パスサニテールの対象拡大直前の8月7日の23万7000人をピークに減少傾向となっており、10月2日のデモの参加者は4万8000人とピーク時の2割程度となった。反パスサニテールのデモに対する支持率(Ifop社世論調査)も、開始当初から30%前半にとどまっており、70%を超えていた2018年末の「黄色いベスト運動」の半分程度となっている。フランス人は、抗議デモやストライキよって自分が不便な目に遭ったとしても、「彼らにはそれを行う権利がある」というマインドを持っており、公共交通機関が一ヶ月以上にわたってほぼ完全にストップした2019年末の年金改革反対の大規模ストライキにおいても、開始後しばらくの間は、ストライキへの支持率が50%を超えていた。「黄色いベスト運動」や年金改革反対のストライキと比較すると、今回の反パスサニテールデモは、多くの国民の共感を得るには至っていないと言える。国民のワクチン接種完了率は、パスサニテールの対象拡大が表明された7月12日時点で40.6%、対象拡大が施行された8月9日時点で55.6%に達しており、国民の半数近くがワクチン接種を完了している状況で、(ワクチン接種はするがパスサニテールには反対という層も一部には存在するものの、)多くの人にとって、パスサニテールは受け入れがたい行動制限とは見なされなかったと考えられる。そして、7月中旬以降に感染拡大があったものの、8月中旬にピークアウトして、現時点では感染状況が落ち着いているという実績がパスサニテールの正当性を強化しており、8月末の世論調査(Ifop社)では、パスサニテール導入を肯定的に捉える者の割合は64%まで上昇した。こうした状況を背景に、マクロン大統領の支持率(Ifop社世論調査)は、7月38%、8月41%、9月38%と安定している。来年の大統領選挙でマクロン現大統領の対抗馬として有力視される国民連合のマリーヌ・ルペン党首も、パスサニテール反対を表明しているものの、代替する政策を提案することはできず、効果的な批判はできていない。66 ファイナンス 2021 Nov.連載海外 ウォッチャー

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