ファイナンス 2021年11月号 No.672
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3 パスサニテールの導入・対象拡大の経緯パスサニテールには国境措置と国内措置の二つの側面があるが、欧州では、各国でワクチン接種が開始された2020年末から2021年初めの時期にかけて、観光業界や航空業界を中心に、「ワクチン接種完了の証明書を有する者に対する移動制限を解除すべき」というワクチンパスポートの考え方が提唱され、観光業への依存度の高いギリシャやマルタなどの国もこれを支持した。これに対し、フランス政府は、ワクチンの効果に関する科学的知見の不足や、ワクチン接種人口が限定的であることなどを理由として、ワクチンパスポートの議論は時期尚早との立場をとった。また、ワクチン接種を希望しない者も存在することを踏まえると、ワクチン接種の義務化につながるようなワクチンパスポートは倫理的な問題を引き起こすおそれがあり、ワクチン接種の代替手段(PCR検査や抗原検査による陰性証明)を用意する必要があるとしていた。このフランス政府の立場は、2021年2月末に、マクロン大統領が、休業が続いているレストラン等の営業再開に向けた措置としてパスサニテールの導入を検討する旨を表明した際にも維持されていた。マクロン大統領は、検討するのは「ワクチンパスポートではなくパスサニテール」であり、「(パスサニテールは)ワクチン接種のみに紐付けられたものではない」と説明していた。フランスでは、2021年4月3日から、新型コロナ危機発生以降、三回目となる全国的なロックダウンが実施されたが、そのロックダウンの段階的解除計画の一環としてパスサニテールの導入が正式に発表された。段階的解除計画の発表は、4月30日付の各地方紙にマクロン大統領のインタビュー記事を掲載するという形で行われた。インタビューの中で、マクロン大統領は、「パスサニテールは、レストラン、劇場、映画館のような日常生活の場所へ行くためには必要とはならないだろう。フェスティバルやスタジアムなど人々が集まる場所においては必要になるかもしれない」と述べていた。その言葉どおり、6月9日から導入されたパスサニテールの対象は1000人以上が参加するイベントへの参加、すなわち大規模な劇場、スポーツ施設、文化施設などへの入場に限定された。これを受け、例えば、5月末から開催されていたテニスの全仏オープンの会場に入る際にパスサニテールの提示が求められるようになった。その後、フランスは夏のバカンスシーズンに突入したのであるが、デルタ株の流行により、南仏を中心に新規感染者数が急増したことから、政府は、パスサニテールの対象拡大を決定した。7月12日のマクロン大統領のテレビ演説において、7月21日から、50人以上を収容する文化施設、スポーツ施設、レジャー施設等の入場にパスサニテールを求めること、そして、8月上旬以降に、カフェ、レストラン、美術館、劇場、映画館、スポーツ施設、TGV、特急列車、航空機、長距離バスなども対象として追加されることが発表された。これを聞いた市民は、マクロン大統領の演説の最中からワクチン接種予約アプリに殺到し、当日の夜だけで、過去最高となる約130万件のワクチン接種の感染状況・ワクチン接種状況の推移(人)(%)025,00020,00015,00010,0005,0000.080.070.060.050.040.030.020.010.02021/7/12021/7/82021/7/152021/7/222021/7/292021/8/52021/8/122021/8/192021/8/262021/9/22021/9/92021/9/162021/9/232021/9/30(出典)Santé publique Franceのデータを基に筆者作成新規陽性患者数(7日間平均)重症者数ワクチン接種率(1回以上)ワクチン接種率(完了) ファイナンス 2021 Nov.63海外ウォッチャーFOREIGN WATCHER連載海外 ウォッチャー

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