ファイナンス 2021年11月号 No.672
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 1研究では、貿易における国境手続きの円滑性が企業の輸出行動にどのような影響を与えるか分析している*22。国境手続きの円滑性を示す指標として、OECD発行のTrade Facilitation Indicators (TFI)を用いている。この指標は、「情報の入手可能性」、「文書と手続きの形式」、「事前裁定」、「不服申し立て手続き」、「貿易コミュニティへの関与」の5つの項目*23で構成される。主な研究結果として、「情報の入手可能性」は企業規模に関わらず全てのタイプの企業の輸出額に対して正の効果を与えることが明らかとなった。また「文書と手続きの形式」、「事前裁定」、「不服申し立て手続き」といった貿易手続きの不確実性に関わる項目については、その不確実性が小さくなるほど大企業の輸出パフォーマンス全般が向上することが明らかとなったが、一方で規模の小さい企業についてはそのような傾向は見られなかった。なお、「貿易コミュニティへの関与」については、全ての企業に一貫して明確な効果は確認されなかった。この研究結果から、貿易円滑化に関する政策の効果は企業の輸出取引に対して直接的にもたらされるものではなく、輸出先情報の入手可能性や国境手続きの不確実性の低減を通じて間接的にもたらされるものであることが示された。また、円滑化の効果は必ずしも全ての企業にもたらされるわけではなく、企業規模や情報の入手可能性など貿易円滑化のタイプに依存していることを示唆している。これらの貿易政策の効果に関する研究を見ると、税関データを活用することで、企業の規模や特性を踏まえた政策の効果についての分析が可能となることがわかる。貿易政策は一般的に規模の大きい大企業への影響が大きいと考えられるが、これらの分析は中小企業や未だ貿易を行っていない企業への政策的な支援を行う際に重要な示唆を与える可能性があるだろう。*22) Fontagné et al. (2020)は第3節の「貿易の実務がわかる」にも分類できるが、将来の個別の取引に対する税法上の扱いについて、納税者が税務当局に質問し、文書で回答を得ることができるという「アドバンス・ルーリング制度」などに言及し、貿易円滑化に関わる政策を意図して分析しているため、第4節の貿易政策を扱う研究として紹介する。*23) 詳細に説明すると、「情報の入手可能性」は貿易に関する情報コストの少なさを示し、「文書と手続きの形式」は貿易文書の簡素化や自動化を示し、「事前裁定」は財に適用される関税分類や原産地に関する裁定を輸出者に任せているかを示し、「不服申し立て手続き」は税関の行政判断に不服を申し立てる権利の有無を示し、「貿易コミュニティへの関与」は貿易業者と行政との間で国境関連業務に関する協議が行われているかを示している。*24) 国税庁にて行政データの共同研究利用が行われる他、厚生労働省からは電子レセプトのアーカイブであるNBD(National Database)データやDPC(Diagnosis Procedure Combination)データなどが研究に活用されている。5 おわりに本稿では、これまでに行われてきた各国の税関データを活用した研究を紹介してきた。今後、日本においても税関データを用いた共同研究が行われることは、学術的な観点だけではなく、日本の貿易・経済活動を推進する政策を考える上でも非常に重要な意義があると考えられる。日本の地理的条件や産業の特徴を反映した貿易活動や、グローバル・バリューチェーンの高度化や為替レートの影響など、様々な国際的な動向を踏まえた研究は、学術的に高い意義を持つとともに、関税等の貿易政策に対して重要な示唆に富んだものとなることが期待される。一方で、日本においては、行政データの研究への活用事例は少なく*24、個票データ等については秘密の保護が強く求められることから、研究の実施に当たっては、厳格なデータの管理運用などのルールを順守することが必要とされる。税関データを用いた共同研究が、今後、行政データの利活用を進める上で、一つの良い先行事例となることも重要であると考えられる。 ファイナンス 2021 Nov.59連載PRI Open Campus

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