ファイナンス 2021年11月号 No.672
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動が輸出行動に影響を及ぼすというFeng et al. (2016)の研究を鑑みると、輸入手続き円滑化に寄与するような研究は、企業の輸出行動にも好影響を及ぼす可能性があるだろう。4 政策の効果がわかる本節では、政策効果に関する研究を紹介する。まず、Buono and Lalanne (2012)では、1993年から2002年までのフランスの税関データを用いて、ウルグアイ・ラウンド*19を通じた関税率の低下が貿易に与えた影響について実証分析を行っている。この分析の特徴は、関税引き下げ効果を貿易の内延効果(intensive margin)と外延効果(extensive margin)に分けて推定している点である。主な結果として、ウルグアイ・ラウンドによる関税率の引き下げはフランスの総輸出額を増加させたが、内延効果と外延効果に分解した場合、後者の効果は十分に大きいとはいえなかった*20。ここから得られる政策的な示唆は、関税率の引き下げは主に既存の輸出企業に影響を与え、新規企業が高い輸出固定費用を克服して輸出市場に参入し始める可能性は低いということである*21。第2節で説明したように、全ての企業が輸出を行っている訳ではない。新たに輸出を行う支援を考える際には、こうした研究の分析結果を参照して議*19) 1986年から1994年にかけてGATT(関税と貿易に関する一般協定)の下で、関税等の伝統的な貿易障壁のみならず、サービス貿易や知的財産権などの幅広いトピックについて議論された多国間貿易交渉である。*20) 例えば製造業の輸出額については、1993年から2002年の間に3%の成長が確認されたが、その成長率のうち、内延効果の成長は2.5%であった一方、外延効果の成長は0.5%と小さかった。*21) Buono and Lalanne(2012)はこのような結果が得られた原因として次の3つを挙げている。1つ目は、関税率の水準がもともと十分に低かったために、輸出固定費用を補うことができるほどの関税率の低下を実現できなかった点である。2つ目は、輸出先の市場に大きな参入障壁や信用制約による借入制約など輸出先に市場の不完全性が存在する点である。そして3つ目は、企業が輸出市場に参入するには時間がかかり、外延効果は短期的には発現しない可能性があるという点が挙げられる。論する必要があるだろう。次に、関税や為替レートの変動が輸出にどのような影響を与えるかについて分析を行い、貿易政策と金融政策の貿易に対する影響力の強さを比較した研究としてFitzgerald and Haller (2018)を紹介する。この研究では、1996年から2009年までのアイルランドの税関データを利用して、関税や実質為替レートの変動が、企業の輸出市場における参入・退出や、輸出企業の輸出額に与える影響を分析している。主な結果としては、関税率の上昇が、輸出市場への参入確率を下げる一方で、実質為替レートの上昇(減価)が、輸出参入確率を上げるという外延効果が明らかになった。また、輸出収入に対しても同様に関税率上昇が引き下げ効果を、為替レート上昇が引き上げ効果を持つことを示した。一方で、退出確率に対しては有意な効果を確認することができなかった。また参入確率と輸出収入に対して、関税率の変化は実質為替レートの変化よりも強い影響を与えており、参入確率については3倍、輸出収入については6倍と推定された。さらに、これらの効果は短期よりも長期的に参入確率および収入に影響を及ぼすことも明らかにした。これらの結果により、貿易政策が代替的な金融政策よりもはるかに強い効果を持つことを示唆した。最後に、2010年のフランスの税関データを活用したFontagné et al. (2020)の研究を紹介する。この税関データの分析において非常に重要な概念である貿易の内延効果と外延効果について説明する。現代の国際貿易論のモデルでは、貿易量(貿易額)の変化は2つの視点から説明することができる。1つ目は内延効果であり、これはかねてより貿易を行っていた企業が貿易量を変化させることによる効果を指す。2つ目は外延効果であり、これは貿易を行っていなかった企業が新たに貿易を始める(または逆に貿易を行っていた企業が市場から退出する)ことによる効果を指す。本稿でもいくつか取り上げている通り、税関データを活用することで、企業個票を軸に分析を進めることができ、個々の企業が貿易量をどのように変化させたか(内延効果)と企業の貿易参入や退出(外延効果)を分析することができる。コラム1:貿易の内延効果と外延効果58 ファイナンス 2021 Nov.連載PRI Open Campus

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