ファイナンス 2021年11月号 No.672
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 1このような研究をもとに貿易実務および関連手続きを改善することは、他国の貿易協定を締結するほどの派手さはないものの、実行可能な範囲で貿易取引を支援するためには非常に重要である。まず、Coşar and Demir (2018)では2013年におけるトルコの税関データを活用して、輸送方法が輸出費用や貿易額に及ぼす影響を分析している。具体的には、輸出企業がコンテナ輸送かブレークバルク輸送*15のどちらか一方を選択するモデルを構築して実証分析を行った。実際のデータ上も、全ての貿易取引にコンテナが使用されたわけではなく、この研究のサンプルの中でも輸出にコンテナを使用している企業は52.4%に留まっている。また、Coşar and Demir (2018)では、コンテナ輸送を選ぶのは企業規模が大きく生産性の高い企業に多いことを実証している。このモデルでは、異なる輸送方法を選択することを、輸送費用の違いによって説明している。まず、一度の輸送に必要な固定費用はブレークバルク輸送の方が、輸出量あたりの可変費用はコンテナ輸送の方が比較的小さいと仮定した*16。次に、輸出先との距離が遠いほどコンテナの使用率が高いという実証結果から、距離に応じて2つの輸送方法の可変費用の比率がどのように変化するかも分析している。最後に、コンテナの導入が輸出額に与える効果を分析している*17。研究の結果として、まずコンテナ輸送は固定費用こそ高いものの、可変費用は距離に対してはあまり変動せず、長距離の輸送に適していることが明らかとなった。例えば10,400km離れた輸出先に対して、コンテナの導入は導入前と比較し、輸送時の可変費用を16~22%低下させると推定されている。さらに、コンテナ導入の効果について、コンテナが存在しなかった場合、アメリカとトルコの総海上輸出はそれぞれ14%と21%減少し、また特定の産業においては、アメリカとトルコの海上輸送は輸出先平均で3分の1程度減少することが明らかとなった。次に、税関手続きの所要時間が輸出額に与える影響*15) Coşar and Demir(2018)の定義によれば、麻袋(bags)やビニールなどで巻かれたベール(bales)、カートンやパレットなどで梱包されたコンテナ以外の輸送をブレークバルク輸送としている。*16) コンテナ輸送はコンテナの購入もしくは貸借することで固定費用が大きくかかる一方で、海上輸送時や港内外の輸送時に、輸出数量に対して変化するコストが少なくなると考えられる。また、この仮定は事前の実証分析結果と整合的であった。*17) 実際のデータをあてはめることで得られる現実の均衡と、コンテナ技術が存在しない仮想的な均衡の2つを先述のモデルから導出し、お互いの輸出額を比較することによってコンテナの導入が輸出額に与える効果を計算している。*18) 財務省では輸入通関手続きの所要時間調査を行い、大まかな輸入手続きの所要時間を公表している。最新の第12回調査(平成30年)では、第1回調査(平成3年)と比較し、手続きの所要時間について海上貨物が約37%、航空貨物が約23%と減少していることがわかる。を実証的に分析しているVolpe Martincus et al. (2015)の研究を紹介する。税関では、輸入貨物に対し関税等を適切に徴収したり、社会悪物品の流入を阻止することを目的として貨物に対する検査が行われており、この検査の対象となるかどうか、また検査にどの程度の時間がかかるかによって税関手続きの所要時間も変化する。企業はこの税関手続きの所要時間に合わせて輸出行動のパターンを決めなければならず、消費者にとっても、製品がどれだけ早く手元に届くかということは、貿易のパートナーを決める上で重要な要素となる。一方で、公開されている統計では、税関手続きの所要時間を詳細に分析することはできない*18。Volpe Martincus et al. (2015)が使用した2002年から2011年までのウルグアイの税関データには企業のIDや財の品目はもちろん、通過した税関の場所や輸出先の国、取引先、輸送方法、輸出額、輸出量、輸出申請日、そして輸出承認日等の情報が記録されているため、このような分析が可能となった。Volpe Martincus et al. (2015)は輸出時の検査に焦点を当て、それらが輸出額に及ぼす影響を分析した。この分析により、税関手続きの所要時間が輸出額に対して負の影響を与えていることが明らかとなり、これは推定方法やサンプルの取り方を変えても成立する頑健な結果となった。Volpe Martincus et al. (2015)はこれらの結果を踏まえ、すべての貨物を一様に検査するのではなく、リスクに沿った検査手順を確立することが、貿易円滑化において重要な戦略となることを指摘している。また税関に対し適切な人材と技術を与えることで、(検査の質を落とさない範囲で)検査の時間を短縮し、検査の対象とならなかった貨物との輸送時間の差を小さくすることの必要性も説いている。近年、関税などの伝統的な貿易障壁はおおむね撤廃されており、輸送時間は貿易におけるコスト要因としての重要性を相対的に高めているが、その中でも公的機関である税関における手続きは、政策的な努力によって改善しうる要素であると考えられる。また、輸入行 ファイナンス 2021 Nov.57連載PRI Open Campus

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