ファイナンス 2021年11月号 No.672
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究として、Mayer et al. (2014)とBékés et al. (2017)を紹介する。まず、Mayer et al. (2014)では、2003年のフランスの税関データを活用し、輸出相手国の市場規模や周囲に大国があるかどうかが輸出品目の構成に与える影響を分析している。市場規模や周辺国の事情を分析に組み込むのは、輸出先市場の競争の激しさを捉えるためである。その結果、輸出先市場の競争が激しいほど、企業が輸出する製品を主力製品のみに限定する傾向が強いことが実証された。また、政策への示唆として貿易自由化が、国際競争を激しくし、企業の生産製品数減少を導き、海外での生産販売を主力製品により一層偏らせることを示した。一方Békés et al. (2017)では、2007年のフランス企業の税関データを活用し、輸出相手国の需要の変化(不確実性*12)が輸出企業にどのような影響を及ぼすか、そしてその影響の経路について検証している。結果として、需要の変動が激しい市場では、輸出の年間出荷数減少という経路により輸出額が相対的に低くなることがわかった。さらに、輸出相手国が遠ければ遠いほど需要の不確実性が輸出企業の出荷頻度に与える影響が大きいことが明らかになった。Mayer et al. (2014)とBékés et al. (2017)の研究により、輸出企業が輸出相手国の需要や市場規模、地理的条件によって柔軟に輸出構成や輸出頻度を変化させて、激しい国際競争に対応していることが明らかになった。さてここまで、販売の観点で輸出相手国市場が輸出行動に与える影響を確認してきた。一方で、特に近年は、国際的な生産分業が盛んであるため、サプライチェーンの観点での貿易行動にも注目する必要があるだろう。また、第1節で述べたように、税関データを利用するメリットの一つとして、個々の企業の輸出取引と輸入取引をそれぞれ確認することができる。つまり、企業IDをキーとして輸入取引と輸出取引を紐づけることが可能となる。このような分析は、複雑化する企業の貿易行動を紐解くためには非常に重要とな*12) Békés et al. (2017)では需要の変化が激しい市場における主な輸出障害として、以下の2つの可能性を上げている。1つ目は、契約上の摩擦が大きくなり、限界費用(1単位輸出するときの費用)が増加し、輸出頻度を上げることである。2つ目は、輸出時の学習コストを増加させてしまうため輸出量や輸出による利益に影響を及ぼすことである。*13) 正確には、2002年時点で貿易取引を行っていた企業と行っていなかった企業を分割して分析している。*14) Krugman(1980)やMelitz(2003)などにおいて、貿易参入の条件や輸出製品決定などの貿易行動に影響する大きな要素として貿易費用が挙げられており、それらを踏まえて輸送費用によって影響を受ける企業の貿易行動について分析を行っている。る。生産と輸入の観点を踏まえ、最後に中間財輸入が輸出行動に及ぼす影響を分析したFeng et al. (2016)について紹介する。Feng et al. (2016)は、2001年12月の中国のWTO加盟によって、輸出総額と輸入総額両方が急激に増加した事実を考慮し、2002年から2006年の税関データを元に実証分析を行っている。分析の特徴として、分析対象企業をWTO加盟以前から貿易を行っている企業と、貿易を行っていなかったが2003年以降貿易を開始した企業*13の2つに分けて分析を行っている。結果として、まず中間財輸入額の増加は同時に輸出総額も増加させることが明らかになった。また、WTO加盟後に貿易を開始した企業は、中間財輸入額を増加させることでより輸出額をより一層増加させることを示した。さらに、G7諸国からの輸入中間財は、競争の激しいであろうG7諸国の消費市場への輸出を促進させることがわかった。このように、企業の貿易行動に関わる研究事例では、企業は非常に厳しい国際競争の中で、貿易相手国の情勢や輸入中間財などの要因に対応して輸出行動を決定していることが明らかになっている。3 貿易の実務がわかる本節では、輸送方法の選択や税関手続きの所要時間などが輸出に及ぼす影響を分析したCoşar and Demir (2018)とVolpe Martincus et al. (2015)の研究を紹介する。貿易取引において、海上輸送や航空輸送など財を輸送する手段は多様に存在する。これらの輸送方法は必要とされる設備も異なるため、輸送費用も異なり、したがって企業の輸出戦略にも影響を与えうる*14。また輸送時間についても、生鮮食品の腐敗や製品の減価償却、また在庫管理などの点を考慮すると、輸送費用に影響を与える要因となりうる(Hummels and Schaur, 2013)。したがって輸送方法や輸送時間に着目することは、貿易費用及び貿易行動の観点で重要であるといえる。56 ファイナンス 2021 Nov.連載PRI Open Campus

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