ファイナンス 2021年11月号 No.672
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PRI Open Campus ~財務総研の研究・交流活動紹介~ 1のないものである*4。こうした税関データを活用した研究は、学術的価値の高い研究を生み出すだけでなく、将来的に、EBPM(Evidence Based Policy Making)による「行政の高度化・効率化*5」の基礎となる一層の知見を提供することが期待される。EBPMの文脈では、具体的な政策の効果に関する様々な研究が行われることによって、政策の企画・立案・評価に役立つことへの期待も大きいが、そのような直接的な研究だけではなく、貿易を行う企業や貿易実務に関する統計的な研究が積み重ねられることは、長い目で見れば非常に重要であり、海外においても、様々な研究が行われている。本稿では、税関データを用いた研究から得られる示唆について、企業の貿易行動、貿易実務、政策効果の3つの分類に基づいて紹介する。2 企業の貿易行動がわかるまず、国際貿易に関わる政策の主たる対象となる企業の貿易行動を分析した研究について紹介する。例えば、Bernard et al. (2007)では1992年から2000年までの米国の税関データと国勢調査のデータを紐づけて、実証分析を行っている。Bernard et al. (2007)は、まずこのデータセットから、2000年時点で、上位1%の貿易企業が全貿易総額の80%を占め、上位10%の貿易企業が全輸出の95%を占めることを明らかにした*6。また、米国企業550万社のうち輸出を行っていた企業が4%であることも明らかにした。その他にも生産性*7や従業員数、賃金などから輸出を行う企業の特性を示している。既にMelitz(2003)等の研究によって「企業の異質性*8」について理論的な整備が進んでいたが、国際貿易の実証分析の分野では、*4) 一方で、税関データを用いた共同研究の実施に当たっては、個票データ等について秘密の保護が強く求められることから、共同研究の成果の公表に際して、秘密の保護及び税関行政の執行への影響について、十分配慮する必要があり、第三者による個別の輸出入業者等の識別や個票データから得られる情報の取得が可能とならないように十分配慮し、個別の輸出入業者等の識別や個票データから得られる情報の取得が可能になる情報を明らかにしないこととされている。(https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/kyoudou/public/guideline.pdfに掲載されている「「財務総合政策研究所との共同研究における輸出入申告情報利用に係るガイドライン」を参照。)*5) オープンデータ基本方針より。オープンデータ活用に関する主な取り組みについては総務省の下記URLを参照。https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/ictriyou/opendata/seihu_od_torikumi.html*6) 若杉・戸堂(2010)によると日本も同様に大企業への方よりが見られる。(2003年時点)*7) 若杉・戸堂(2010)では日本においても輸出企業は高い生産性を有していることが示されている。*8) 貿易理論の面では、企業の異質性を加味したMelitz(2003)が先端となっており、新々貿易理論(メリッツモデル、企業の異質性モデル)として国際貿易論を発展させている。新々貿易理論に関しては本稿のコラムで紹介する。*9) 輸出品目をカテゴリーで見ると、輸出品目が単一のカテゴリー内に収まる企業数が全体の31.6%、輸出額が6.2%である一方で、10カテゴリー以上の品目を輸出している19.7%の企業が輸出額全体の56%を占めている。*10) 生産性の高い企業が高品質な製品を高価格で輸出することについては論文内の回帰分析で有意な結果を示している。*11) ここでの貿易行動とは、企業が貿易に関して決定し実行するあらゆる行動を想定している。具体的には、生産(場所の決定、財の決定)、価格設定、輸送方法、取引方法(企業内貿易か企業間貿易か)、販売方法などが挙げられるが、各論文ではそれぞれ着目したい貿易行動に対する実証分析を行っている。従来の国家や産業を対象とする研究から、Bernard et al. (2007)を先駆けとして、企業や貿易品目を対象とする研究へと変遷していった。もう1つ、「企業の異質性」に関する興味深い事実が明らかになった分析を紹介する。Bastos and Silva (2010)では、2005年のポルトガル税関データを使用し、企業レベルの付加価値や従業員数などの国勢調査データを突合させて実証分析を行っている。Bastos and Silva (2010)によると、全輸出企業の54.2%は1国のみに対して輸出しているが、それらの企業が輸出額全体に占める割合はたったの6.8%である一方で、10か国以上に輸出している企業数は全輸出企業のうちの7%であるがその輸出額は60.2%にも及ぶ。また、この異質性は輸出品目の種類に対しても当てはまる*9。さて、Bastos and Silva (2010)はBernard et al. (2007)の議論を参考とし、生産性の高い企業が質が高く価格の高い製品を輸出するということを前提*10に、企業が高品質高価格の製品をどう輸出しているのかについて分析を行っている。結果としては、企業は高価格製品を自国から遠く、市場規模や一人当たりの所得が高い国に輸出していることが分かった。これらの結果は直観に反しないのではないだろうか。Bastos and Silva (2010)の分析結果の中には、生産性と輸出の関連性以外にも有用な示唆が含まれている。それは、輸出相手国によって貿易行動*11が変化しうるということである。確かに米国に輸出するのとベトナムに輸出するのでは消費市場や貿易にかかるコスト等が大きく異なり、輸出製品選択や価格設定などの貿易行動が変わってくることは容易に想像できるだろう。しかし、輸出相手国のどのような要因で輸出行動が変化するかについては、明示的ではない。そこで、輸出相手国による貿易行動の変化を題材とした研 ファイナンス 2021 Nov.55連載PRI Open Campus

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