ファイナンス 2021年11月号 No.672
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ンのような国際経済に大きな影響を持つ資源国である場合は、殊更である。他方で、例外的なごく一部の国に対しては、対抗措置の効果はかなり実はかなり希釈化されてしまっているという事実がある。つまり、その措置が国際金融システムへのアクセスを担保にしたものである以上、そもそも外部経済との繋がりが希薄であり、措置への「免疫力」を有する国に対しては、その効果は限定的なものとならざるを得ない。実際、現在唯一フルフレッジでの対抗措置を取られている北朝鮮は、それより以前から、実質的には国際的な金融市場からも孤立した存在であり、そこからの遮断という対抗措置は、いわば現状の上書きに過ぎない。通常、FATFから厳しい評価を受けた国は、その後必死になって国内施策に取り組み、また、FATFの場に赴いて状況の改善をアピールし、名誉挽回に躍起になる。一方、北朝鮮はここ数年、FATFのあらゆる会議に、一切顔すら出していない。FATFが最も訴求したい対象の一つに対して、実は最も無力であるという現実は、皮肉と言う他ない。二つ目のジレンマは、審査における基準適用の在り方が均質的ではなく、ある国・地域に対しては過度に厳格に適用されがちである反面、その他に対しては弛緩された運用がなされる可能性がある、という点である。そしてそれは、極めて逆説的であるが、地下資金に対するリスクがより低い国で厳格に適用されがちな反面、高い国では寛大な評価が下されがちであるという傾向を呈する。即ち、リスクが高い国においては、伝統的に対応する対策が講じられている国が多い。実際、英国やスペイン、イタリア、イスラエルといった国のFATF審査の評価は、総じて高い。イタリアは言うまでもなくマフィアが生まれた地であり、米国と並んで世界の組織犯罪発祥の地とも言い得る国である。英国は、世界の金融センターであることに加え、歴史的に国内の分離独立運動を含むテロ因子を抱えており、これはスペインにおいても同様である。イスラエルに至っては、テロ対策が国の存亡に関わる最重要の政策課題と言って、過言ではないだろう。これらの国においては、リスクは手に取れる具体的なものとして把握されており、従ってそれに対する措置も、捜査・訴追、未然防止措置等に係るケースも、非常に説明し易い形で存在する。他方、例えば我が国について言えば、典型的には、テロのリスクはそれ程高くない。よって、特にそれへの対抗策について実績を問われた場合、一歩間違えば、不存在を立証せよ、との「悪魔の証明」になりかねない。例えば、これらに係る実際の刑事事案が僅少である理由を質された場合、そもそもの事象自体が存在しないという主張に対して、それは当局が把握できていないに過ぎないからではないか、との審査団からの反論が常に成り立ち得る。誤解のないように付言しておくと、FATF審査の理念は、その国の評価は常に当該国を取り巻くリスクと社会的文脈(risk and context)の中で下されるべき、というものである。従って、低リスク国がそのことを以って、却って不当に悪い評価を受けることがあってはならず、そのことは、審査団も十分に理解している。また、厳密に言えば「テロのリスク」と「テロ資金供与のリスク」は同一ではない。即ち、国内でテロが余り見られない国でも、当該国の金融システムが悪用され、他国でのテロ活動への資金供与に用いられる可能性は存在する。しかし何れにせよ、日本の現状を前提に、今般のFATF相互審査を受けた筆者の実務感覚として、この点について審査団の適正な理解を得る作業は、かなり骨が折れたことの一つである。一般論としても、犯罪発生率が低く、テロも少ない国が、その反対である国より低い評価を受けがちともなりかねない審査の在り方は、違和感を感じる部分があることもまた事実だ。そして、第三のジレンマはFATF全体の議論の射程に関わるものであり、これが最も根源的な問題であ図表3 現在の国際的枠組が抱える、「三つのジレンマ」サイロ化政治化厳格化寛大化過剰化希釈化対抗措置等の効果議論の射程審査における基準適用(筆者作成)46 ファイナンス 2021 Nov.連載還流する 地下資金

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