ファイナンス 2021年11月号 No.672
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可能である。しかしそこに待っているのは、欠席裁判での、国際金融システムへのアクセス制限ないし遮断という、一方的な不利益措置である。国家たるもの、政策に関する外部からの干渉には本能的な拒絶感があるし、後述の通り、そもそもマネロンが政府そのものの汚職と結び付いていたり、国家自身が広域的なテロ組織の資金を裏で提供していたりという、脛に傷を持つ国にとっては猶更である。しかし、金融の血脈という経済の生命線を質に取られてなお、これに抗える国家は多くはない。強権的で苛烈な規範適用のことを、古代アテネの執政官の名を取りdraconianと表現するが、こと国際的枠組に関して、不参加国までを容赦なく巻き込み、峻厳な措置の対象とし得る今のFATF体制以上にこの言葉が似合う存在があるだろうか。3.現在の枠組みへの評価以上概観して来た通り、地下資金対策に係る国際的枠組は、それ自体としてはソフト・ローに過ぎないFATF基準を中核としつつも、国際金融システムへのアクセスを担保としたその審査プロセスにより生み出される実質的な強制力が、FATF基準が他の国際規範と組み合わさることにより拡幅される過程を通じて、大きな力を有するに至っている。この現状の枠組みに対して下し得る評価は、決して一面的ではない。まず、この強い強制力を持つ枠組みは、世界政府不在の国際社会が到達したある種の均衡解であり、現実的に優れた共通ルールの形成・実施メカニズムである、として、肯定的な評価を下す見方があり得るだろう。確かに、究極の社会悪である麻薬犯罪への対策を出発点とし、組織犯罪に立ち向かうための叡智として生み出されたマネロン対策が、今や地下資金対策という大きな枠組みとして、実質的な力を伴った形で確立されていることは、歓迎すべきことである。しかも、ここで特に銘記しなければならないのは、国家的アクターが直接に関与する拡散金融は言うに及ばず、マネロンやテロ資金供与においても、規制・対策の真の名宛人は、実は当該国の統治機構を構成する政府関係者であることも少なくないという事実である。繰返しにはなるが、マネロンの主要な前提犯罪の一つは、汚職である。国によっては、マネロンを行っている一番の張本人は為政者であり、不正にかすめ取った国富を私財として蓄えるため、率先してマネロンを行っているということもある。マネロンを経て海外へ流出した資産を回復するメカニズム(アセット・リカバリー)は、現在、地下資金対策の重要な要素の一つとされているが、これはそもそも汚職を念頭において創出された制度である。更に深刻なのは、テロ資金供与だ。国際的なテロ活動は、中東地域を中心に複数の国家が、広域的に活動するテロ組織を隠密裏に、時には半ば公然と支援することによって成立していると考えられている。いわゆる「テロ支援国家」の存在という問題である。このような国に対して、マネロン・テロ資金対策の実施を要請することは、政府に自分達自身の手足を縛ることを求めているに等しい。当然、それには相当な実質的強制力が必要となって来る。国際金融システムへのアクセスという、国家の経済を左右する程の大きい「質」を取り、指導者達に対策の履行を迫るというFATFの現在の方法は、非軍事的措置を前提にするのであれば、このような困難なミッションを前にしての、最も有効な方途とも言えそうである。他方で、現行の枠組みには、様々な問題点も垣間見える。それらの内でも主要なものは、枠組みの機能に係る各段階に対応し、「三つのジレンマ」として概括できる。まず一つ目のジレンマは、対抗措置適用の効果に関する矛盾である。これは、多くの場合において第一義的には過剰化の問題として立ち現れる。即ち、いかに地下資金対策への取組みが不十分な国に対してであっても、対抗措置の適用は、それ自体が国際金融システムへのアクセス制限により、当該国の経済そのものに大きな悪影響を与え、「角を矯めて牛を殺す」結果を招来しかねない。前述の通り、対抗措置に至らないリスト掲載の段階でさえ、想定されるレピュテーション・リスクは既に甚大である。対策の強化を求める他国の大多数にとっても、対象国の経済を崩壊させてしまうことは、反射効としての自らへの負の影響が余りに大きいため、望むところではない。FATFが獲得した実質的強制力は、余りに鋭く鬼をも殺すが故に、安易には抜けない刃になっている。事実、実際の発動に当たっては、メンバー国間でその当否とさじ加減につき、毎回激しい議論が繰り返される。対象国が、イラ ファイナンス 2021 Nov.45還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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