ファイナンス 2021年11月号 No.672
47/84

evaluation)」とか「相互監視(peer pressure)」のメカニズムであると説明される。現に、日本も他国の審査チームに審査員を供出しているし、全体会合で評価を議論する際にも加わっている。また、事務局は審査に関し、技術的サポートの立場から参加するが、その事務局に対しても、現在日本政府から職員をスタッフとして派遣している。FATFを主権国家から遊離した存在のように観念し、それが他人の庭の政策決定に一方的に容喙しているといった理解は、完全に誤りである。審査プロセスはまず、被審査国がまずそれぞれの項目について、自国の現状をまとめた報告書を提出するところから始まる。審査チームはそれをレビューした上で、不明点に対する質疑応答が、遠隔で何往復か繰り返される。この際、関連する法令等も英訳して提出するため、提出文書の総量は膨大なものとなる。40の勧告部分については、大半がこの書面でのレビューによって決着が付く。他方、11の有効性指標の方は、審査対象が「制度の実施状況」という抽象的な性質のものであるため、実際に関係省庁や民間事業者の話を直接に聞く事で、理解を深める必要がある。従って、被審査国での対面審査では、この部分に多くの時間が割かれる。今回の対日審査においては、2019年の10月から11月にかけての2週間に亘り財務省内の会議室を貸し切り、審査チームは近くのホテルから毎日通*8) なお、「対抗措置」という用語は、国際法上「他国の違法行為をやめさせ、事後救済の義務の履行を迫るために、自ら国際義務に反する措置を取ること」を意味し、違法性阻却事由を含意するものであるため、この文脈で用いることは厳密には正確でないが、本稿では慣用に従うこととする。(岩沢雄司(2020年)、前掲書、P.601-606、小松一郎『実践国際法』信山社、2011年、P.344-352)*9) Jae-myong Koh, Suppressing Terrorist Financing and Money Laundering, Springer, 2006, P.188-192い、また、関係省庁やヒアリング対象の民間事業者も財務省に足を運んでもらう形で、連日審査が行われた。なお、民間事業者へのヒアリングの際は、政府に忖度なく話せるよう、官側の人間は同席できない決まりとなっている。被審査国での対面審査が終わった後も、最終的にFATF会合の場に審査結果が持ち込まれるまで、断続的にやり取りが行われる。今回は特に、コロナ禍で日本の審査に係るプロセス全体が延びたことも手伝い、最初のレポート提出から結果公表までが2年以上という、非常な(非情な)マラソン・レースとなった。各項目についての評価は4段階でなされ、これを踏まえた若干複雑な決まりにより、総合評価が決せられる。その分かれ目は二つあり、(1)監視対象国としてリスト掲載されるか、及び(2)対抗措置*8が取られるか、である。総合評価が特に低い国は、まず1年間の執行猶予期間を与えられるが、この間に状況が改善されない場合、「取組みに不備がある国」としてリスティングされる(図表2)。これは、「ネイム・アンド・シェイム(name and shame)」と呼ばれる手法で、国名を公表することで恥をかかせ、間接的に遵守を促そうというものであるが、これだけでもかなりの威力があり、実質的には対抗措置の前倒し的な発動とも捉えることができる*9。このようにFATFから要注意と認定されること自体が、他国の金融機関によるリスク管理の厳格化を招き、取引上の不利が生じるからである。そして、ここから更に状況の改善が行われない場合に、いよいよ正真正銘の対抗措置が取られることになるが、その究極のものは、他国への金融コルレス関係遮断の呼掛けである。金融は実体経済の血流であるから、当然これが実現してしまった場合、対外的な経済関係が実質的に途絶されるに等しい状況となり、通常の国であれば、経済そのものが立ち行かなくなる惧れすらある。従って、そのような岐路に立たされた当事者は、何とかそのような事態に陥ることを避けようと、必死になる。それ自体としてはソフト・ローであるFATF基FATF全体会合の議場外にて、財務省から事務局へ派遣された同僚と(向かって左が筆者)(筆者撮影) ファイナンス 2021 Nov.43還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

元のページ  ../index.html#47

このブックを見る