ファイナンス 2021年11月号 No.672
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1.他の国際規範との関係性二分論からのパラダイム・シフトということの第一の含意は、FATF基準と他の国際規範との関係性である。この点、地下資金対策に係る国際的な規範を、FATF基準だけではなく、それが組み込まれた体系の総体として理解する必要がある。FATF基準は、他の様々な規範から独立した存在ではなく、実際にはそれらと「入れ子」のような重層構造を成しているとイメージすると、分かり易い(図表1)。まず、特定の条約について、FATF基準はその締結と「完全な履行」を、明文で求めている(勧告36)。これには具体的には、ウィーン条約(麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約)、テロ資金供与防止条約、パレルモ条約(国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約)、メリダ条約(腐敗の防止に関する国際連合条約)が含まれる。勧告はまた、国際的な刑事共助及び犯罪人引渡を円滑に行うことを求めているが(勧告37~39・有効性指標2)、その実施の技術的容易性が、当該国においての、関連する多国間又は二国間条約の締結・批准の有無に依拠している場合も多く、FATF基準は実質的に、そのような条約を締結・批准することを各国に強く推奨していると言える。更に、FATF基準の重要な構成要素の一つは、テロ資金と拡散金融に係る国連安保理制裁決議の実施である(勧告6・7、有効性指標10・11)。これらの国際規範は拘束力のあるハード・ローであるが、FATF基準はそれらを取り込んで、内在化していると評価することが可能である。次の段階として、FATF基準自体はそれ以外の国際的枠組により引用され、一層拘束力が強化されている。ここにこそ、そもそも筆者がなぜIMFの立場から地下資金対策について語るのか、という点に対する回答もある。IMF(国際通貨基金)は、国際金融の安定をその主要なミッションとする組織であり、関与する政策分野は、財政規律の確保や経済の構造改革等、基本的にはマクロ経済政策に属するものである。地下*3) Review of the Fund’s Strategy on Anti-Money Laundering and Combating the Financing of Terrorism, IMF Policy Paper, 2019*4) Michel Camdessus (former Managing Director of IMF), Money Laundering:the Importance of International Countermeasures, Speech at the Plenary Meeting of FATF, February 10, 1998*5) Enhancing Contributions to Combating Money Laundering, IMF Policy Paper, 2001資金対策のような刑事政策や外交・安全保障の要素を色濃く持つ政策分野に関わっているということ自体、予想外と受け止められることが多い。実はIMFは、1990年代より地下資金対策の分野での関与を開始している*3。大きなモメンタムを与えたのは、1997年のアジア通貨危機だ。当時のIMF専務理事は、現在に至るまで歴代ナンバー・ワンである、13年間もの在任期間を誇るミシェル・カムドシュ氏(直前までの職責は仏中銀総裁)であるが、第一章において紹介した、世界の対GDP比2~5%がマネロン総額規模の「コンセンサス・レンジ」であるとのIMFの見解は、同氏によって、1998年のFATF全体会合において表明されたものである*4。そして2000年代に入ると、その関与の度合いは累次に亘り強化されて来た*5。その論拠は、地下資金対策がマクロ経済に重大な影響を及ぼし得る要素である、という点である。これは、IMFにおいてはMacro-CriticalityないしはMacro-Relevancyという造語で表現される。金融システムの廉潔性(financial integrity)は、一国の経済を決める重要な礎である。対策がきちんと取られていない国においては、その前提となる犯罪等自体が社会経済に直接に悪影響を及ぼすことは勿論、そのような廉潔性の毀損により、金融機関の取引にも容易に支障が生じ得るし、投資家の信認も得ることができず、当該国経済の健全な発展にマイナスとなり得る。そのような負の効果は、当該国に留まらず、他国にも及ぶであろう。また、特にマネロンは汚職とも密接に関連している、政府関係者が公金を着服し、それをマネロンすることが簡単にできてしまうような国では、IMFの融資が、借入国の経済支援という本来の目的を果たすことなく、浪費されてしまう。従って、IMFは借入国の状況を見極めた上で、必要とあらば、自身のマンデートに関わる重大な関心事項として、FATF基準の遵守を中心とした当該国の地下資金対策を注視するのだ…。以上のロジックを一言で表現するマジック・ワードが、このMacro-Criticality/Macro-Relevancyである。 ファイナンス 2021 Nov.41還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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