ファイナンス 2021年11月号 No.672
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国際法の世界において、ハード・ロー(hard law)とソフト・ロー(soft law)を対置して捉える考え方がある。即ち、条約を始めとした法的拘束力を持った法規範である前者に対し、ソフト・ローには、国際会議の宣言、国連総会決議、国際組織の行動綱領・指針等が含まれ、既存の法の改廃を求めて、又は法が未だ整備されていない分野で新たな規範の樹立を求めて行われることが多い、とされる*1。この分類に従えば、FATF基準は、それ自体としては法的拘束力を有するものではなく、ソフト・ローに属すると言える。しかし、現実にはFATF基準は大きな強制力を持ち、主権国家の立法措置までをも強く促すという意味においては、場合によってはハード・ロー以上の拘束力を持つのではないかとすら思われる。このようなFATF基準の在り方は、極めて独自性のあるものであると同時に、従来のハード・ソフトというダイコトミ―(二分*1) 岩沢雄司『国際法』東京大学出版会、2020年、P.44-45*2) Navin Beekary, The International Anti-Money Laundering and Combatting the Financing of Terrorism Regulatory Strategy:A Critical Analysis of Compliance Determinants in International Law, Northwestern Journal of International Law & Business, 2011 Saby Ghoshray, Compliance Convergence in FATF Rulemaking:The Conict Between Agency Capture and Soft Law, New York Law School Review, 2015論)からの、大胆なパラダイム・シフトであるとすら評される*2。この章においては、そのようなFATF基準の強い強制力がどのようにして形作られているのか、そして、そのことが持つ意味について、見て行きたい。■地下資金対策に係る国際的枠組は、FATF基準を核としつつもそれに留まるものではなく、関連する条約等が基準の構成要素の一部となると同時に、その基準が更に他の枠組みに取り込まれた、有機的・複合的な総体として理解する必要。■FATF基準は、従来のハード・ローとソフト・ローの二分論を超克し、非拘束的形態を取りながらも国際金融システムへのアクセスを担保し、また、IMFの融資等をレバレッジとすることで、実質的に大きな強制力を獲得した独自のメカニズム。■しかし、FATFはメンバー国から遊離した存在ではなく、我が国自身も意思決定に関わる相互的な枠組み。そして、FATFがその構造上抱える様々なジレンマは多くの論点を生み出しており、日本としても、それらに向き合っていくべきである。要旨IMF法務局 上級顧問 野田 恒平還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―ミシェル・カムドシュ(出典:World Economic Forum, CC BY-SA 2.0)IMFは、カムドシュ専務理事の在任中に地下資金対策への関与を開始した。写真は、FATF設立年に開催されたダボス会議で登壇する同氏。FATF:実質的強制力とジレンマ4本章の範囲国家間の共働・軋轢各国の制度設計・実施国際規範・基準の形成犯罪収益テロ資金核開発等資金刑事政策外交・安全保障40 ファイナンス 2021 Nov.連載還流する 地下資金

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