ファイナンス 2021年11月号 No.672
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評者名古屋大学客員教授佐藤 宣之ジャック・アタリ 著食の歴史原書 Pluriel社 2019年4月 10ユーロ税込訳書 プレジデント社 2020年3月 2700円+税著者と本書の紹介原書裏表紙の著者紹介を見ると、80作品を超える小説等を物した作家、貧困問題に取り組む非営利団体「ポジティブ・プラネット」の創設・代表者、国際交響楽団の指揮・監督者と書かれている。他方「ファイナンス」の読者には、ミッテラン大統領の特別顧問としてフランス革命200周年にあたる1989年にパリ近郊の新凱旋門で開催されたサミット(主要国首脳会議)のシェルパ(首脳個人代表)を務めたのち、1991年発足の欧州復興開発銀行の設立を主導しその初代総裁を務めた人物としてお馴染みだろう。著者は人類の未来を占い重要課題への処方箋を示すため、様々なテーマを歴史に遡って探究し発信している。今年6月には日系メディアへの寄稿で、感染症対策と資源・環境保護のために外国人観光客の抽選制・割当制を導入する国も現れよう、従来型の観光業はもう戻らないことを特に日本は覚悟すべき、と説いた。本書は、食の発展・停滞の過程、食の停滞を招いた巨大食品会社の実態、食に関わる行為が言語・文化・国家権力の形成に果たした役割を明らかにすることを通じて、人類が引き続き繁栄し、個々人が人間らしく生きるための食への向き合い方を世に問う。なお、フランス語で書かれた原書を読んでの書評との体裁を取っているものの、訳書を読んでから辞書の多大な助けを得て原書を読んでいるので、看板に偽りあり…かもしれないことをご容赦願いたい。本書のポイント1.ノマドを脱しフランスの食の栄光へ食料豊富なアフリカ大陸に生息していた一千万年前の人類の祖先はノマド的な移動生活を送り、調理も言語も未発達だった。その後人口増と共に、紀元前数千年のメソポタミアでは食料生産のために定住し調理や言語が発達し、支配・被支配、男女等の社会的関係が固定化し、後世のギリシャ・ローマ人に至るまで支配者は会食での議論を通じて重要な決定を行うようになる。薬効等の理由から人肉食も横行した。欧州の食文化は1世紀から千五百年の歳月を経て宗教的戒律に従いつつ多様な食文化が混合しながら形成され、王政前後のフランスで頂点を迎える。ヴェルサイユ宮殿に移ったルイ14世は豪華絢爛な食卓を限られた近親者で囲んで権力の所在を示すと同時に、宮殿の貴族が結託して謀反を起こすことを防ぐ目的で、宮殿の貴族同士の会食を禁じた(訳書では、宮殿の貴族とルイ14世との会食を禁じたようにも読める表現)。フランスでは、王政に刺激を受けた中産階級がレストランで会話を交わして社会を動かすようになり、フランス革命を経て、美食を提供するレストラン・超高級ホテルが他国に先駆けて発展した。2.米国の資本主義と栄養学が世界を席巻20世紀に入り世界経済の中心になりつつあった米国は、大衆層が賃金を住居、クルマ等食以外の消費財に費やすよう仕向けるために食の工業化・低価格化を進める。定性的な味や会食の効用を否定し定量的な熱量と短時間の個食の重要性を説く栄養学の発展は、この動きを下支えした。米国発祥の電子レンジを日本の家電メーカーが小型化・高度化させ価格も手頃になったことも、米国式料理の普及に一役買う。米国、北部欧州、英国、特に日本では会食は権力の象徴ではなくなった(訳書では、「特に」が米国、北部欧州、英国、日本の全てにかかるように読める表現)。3.現代の食品・食生活は人類をノマドに戻す孤独感を癒す糖分を多く含む炭酸飲料・加工食品の過剰摂取による糖尿病リスクの上昇、赤肉・加工肉の過剰摂取による発がんリスクの上昇が人類の健康への大きな懸念材料。これらの過剰生産のための温室効果ガスの過剰排出、肉類生産のための淡水の大量使用、森林の過剰な農牧地転用により、地球の持続性も脅か38 ファイナンス 2021 Nov.FINANCE LIBRARYファイナンスライブラリーライブラリー

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