ファイナンス 2021年11月号 No.672
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失業保険に関するマクロン大統領自身の左派的な公約に端を発した改革が、そのウイングを広げた時期である。右派共和党の系譜に属するフィリップ首相(当時)は経営者団体とともに「ボーニュス・マリュス制度」に個人的には反対であったとされており*26、こうした政府内の声が、改革パッケージのバランス取りに関して一定の影響を及ぼしたと考えることもできる。また、給付を拡大する方向の施策を実施する際には、財源を確保すべきだとする政府内の保守の声が反映されたという側面もある。ボーニュス・マリュス制度の導入を迫られている側の経営者団体MEDEF(Mouvement des entreprises de France)を代表する声として、2018年の夏季大会を前に新たに会長の座についたジェフロワ・ルー・ドゥ・ベジュー(Geoffroy Roux de Bézieux)会長は、「一年経たないうちに、既に交渉したことを再度交渉するように要求されることにショックは受けてはいない。とても重要な挑戦だ。ただ、ついこの一年の間に交渉したことの単なる周辺付属事項として交渉することはしない。さもなければ何の意味もないからだ。」としつつ*27、自身のツイッター上で「就労に復帰するインセンティブを検討すべきだ」と書き込み、むしろ求職者サイドが受給する手当のあり方に改革の目が向けられるべきだという姿勢を示した。一方、労働組合側では、ラジオ番組に出演したCFDTのローラン・ベルジェ(Laurent Berger)書記*26) https://www.lesechos.fr/economie-france/social/la-taxation-des-contrats-courts-empoisonne-la-majorite-133735*27) https://www.20minutes.fr/economie/2327199-20180829-assurance-chomage-syndicats-matignon-mercredi-plancher-reforme*28) https://www.liberation.fr/france/2018/07/13/le-gouvernement-veut-encore-s-attaquer-a-l-assurance-chomage_1666104/*29) https://www.gestionsociale.fr/afp/assurance-chomage-le-detail-du-document-de-cadrage/長が「もし政府が、(手当受給の)権利を削減せずに失業保険をより効果的なものとするよう我々に求めるのであれば、見るべき点がある。もし『枠組み文書』という、事実上結論を先取りするような文書で政府が権利の削減を図ろうとするのであればうまくいかないだろう。」と警戒感を示している*28。6政府から労使代表に向けた課題設定2018年9月下旬には、大統領の宣言を踏まえる形で、ペニコー法で規定されている手続きに従い政府から労使代表に対して「枠組み文書(document de cadrage)」が発出された。この文書は短期の就労と失業手当受給を繰り返すことが労使双方にとって利益となる構造にメスを入れるべく、また、失業保険会計の健全化を目指すべく、以下表1の検討項目について労使が交渉を行い、結論を得ることを求めるものだった*29。いわば(写真3)ルー・ドゥ・ベジューMEDEF会長(MEDEF. Droits réservés)(表1)「枠組み文書」により、労使に要求された主な検討項目と背景となる問題意識労使に要求された検討項目背景となる政府側の問題意識支出合理化失業保険等管理機構(Unédic)が負う累積債務を減少させる観点から、年当たり平均で10~13億ユーロ相当の支出合理化が必要。受給資格再充填制度のあり方失業手当受給期間中に1か月就労すると、手当受給権が再充填される従来の制度が短期雇用の濫用につながっている。就労を意図的に制限する労働者への失業手当のあり方複数のパートタイムを掛け持ちしていた就労者が、一部パートタイム契約の終了を以って失業手当受給を開始すると、フルタイムでの就労とほぼ同等の収入を得られてしまい、就労意欲の減退を招いている。参照日額賃金(SJR)の計算方法のあり方従来の計算方法のもとでは、パートタイムで継続的に就労するよりも、短期のフルタイムに細分化し、短期就労と失業手当の行き来を繰り返す方が有利となり、短期雇用の濫用につながっている。短期雇用濫用防止策(枠組み文書には明示的に「ボーニュス・マリュス制度」とは書かれていないものの)短期雇用濫用防止に関して企業に責任を持たせるために、真にインセンティブが生じるようなメカニズムを構築すべき。ただしマクロでみた総額の保険料企業負担は増加させない。産別交渉の促進2017年のマクロン・オルドナンスで創設された枠組みの下、産別の労使の話合いを加速することにより、中小・小規模企業などにおける雇用の質に関する改善策を導きだすべき。職業技能資格の水準と失業手当額のあり方職業技能資格の水準に応じて失業率は大きく異なっている。実態として同額の失業手当を受給しても、職業技能資格の水準によって就労復帰のインセンティブは異なっている。より効率的でより早期の同伴ポールオンプロワ(フランスのハローワーク)のサービス提供を改善し、求職者の状況に応じた同伴体制を整える。国・失業保険管理機構(Unédic)・ポールオンプロワの三者で話し合う。(出典)脚注29の文書から筆者作成 ファイナンス 2021 Nov.35コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方SPOT

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