ファイナンス 2021年11月号 No.672
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は脇役に追いやられている」という労使代表からの批判の声が多く聞かれる状況だった。そうであるならば責任と負荷がかかる社会問題の解決に労使代表で当たってみたらどうか(より直截に表現すれば「そんなにいうなら、労使代表たちよ、自分たちでやってみろ」)、という大統領の意向・戦略があったと受け止められた。(2)雇用政策としての背景第二に、雇用政策の面からは、短期雇用と短期の失業手当受給を繰り返す慣行の横行が指摘されていたことがある。2017年のマクロン・オルドナンスによる解雇補償金の上限設定によって解雇や新規雇用にかかるコストの予見可能性が高まり、労働市場の柔軟性が向上したことは歓迎されつつも、経営者サイドや成長重視のエコノミストたちの間からは、「さらに就労インセンティブを高めたいのであればこの短期雇用と失業手当受給の『回転扉』の慣行の誘因となっている失業保険制度にメスを入れなければならない」との声が上がっていた*19。2017年時点において、有期雇用(CDD)のうち半分は5日以下、3分の1は1日のみの契約とされている*20。また、フランス労働省の数字によれば、失業者の5人に1人(60万人相当)は失業手当受給に先立つ就労期間に得ていた収入よりも高い手当を受給している実態があるとされた。しかもこうした短期雇用の断続的繰返しは、しばしば同じ雇用主のもとで行われており*21、いわば雇用主・被用者双方の結託ともとれる雇用契約の帰結でもあった。さらに2014年に導入された、受給資格の再充填の制度が、短期雇用と失業手当受給の「回転扉」に拍車をかけていると指摘されていた*22。*19) 関係者への筆者取材による。*20) https://www.lesechos.fr/economie-france/social/la-taxation-des-contrats-courts-empoisonne-la-majorite-133735*21) のちにフィリップ首相が2019年6月18日に会見において、新規採用の70%が一か月未満の短期雇用であり、そうした一か月未満の短期雇用の85%は同一の雇用主の下で行われている、と述べている。https://www.gouvernement.fr/partage/11057-presentation-de-la-reforme-de-l-assurance-chomage*22) 受給資格の再充填の制度は、求職者の経路を安全にしつつ就労への復帰をインセンティブ付けすることを目的として2014年に導入された制度。例えば18か月間の受給資格期間を得ていた失業者が、手当受給開始6か月後から、5か月の短期就労を実施すると、残余の受給資格期間12か月に5か月が「再充填」され合計17か月となる制度。https://www.unedic.org/sites/default/les/2019-10/Etude%20Droits%20rechargeables.pdf*23) 失業保険制度の改正を労使代表が交渉する際の助言、労使合意が成立した際の合意内容の規程化、失業保険財政の管理、求職者への制度解説等のサービス提供などを任務とする。経営者側代表25名、労働組合側代表25名ずつからなる意思決定ボード、うち10名ずつからなる事務局など労使同数からなる自治的な機関で構成される(議長1名は労使持ち回り)。フランスの失業保険制度が労使自治のものとして発足していること反映した形となっていると言えよう。直訳すると「全国商工業雇用連合」だが、その機能に着目をして、本稿では「失業保険管理機構(Unédic)」と表記する。*24) https://www.unedic.org/sites/default/files/2018-06/Perspectives%20financie%CC%80res%20de%20l%27Assurance%20cho%CC%82mage%202018-2021%20-%20Une%CC%81dic%20-%20juin%202018.pdf*25) 関係者への筆者取材による。[参考]就労収入よりも失業手当が高額となる事例例えば法定最低賃金(SMIC)で月のうち15日間働くという短期の契約を毎月洗い替え、年間で12回結んだ賃金労働者のケースを考えよう。当時の制度では、こうした1年間ののちに失業手当を受給するようになると、年間で180日(12×15)働いて得た総賃金を180日で割ったものを参照日額賃金(le salaire journalier de référence(SJR))として算出する。この参照日額賃金(SJR)をベースとして計算された失業手当を、「毎日」受給できるのである(ただし受給期間はこの場合6か月)。こうして、失業手当の方が賃金報酬よりも高額となる事例が生じる。(3)財政問題としての背景第三の背景として、失業保険会計の構造的な赤字も絡んでいた。2018年6月に失業保険管理機構(Union nationale interprofessionnelle pour l'emploi dans l'industrie et le commerce(Unédic))*23が公表したベースでは、失業保険の累積債務は2019年で350億ユーロであり、当時の好景気を背景としてもなお、2021年段階で298億ユーロの債務が残っているだろうと見込まれていた*24。また、一定の自営業者と自主退職者に受給資格を拡大する施策を含めた労働分野のセーフティネット機能強化の財源問題も関係する。これらの施策案は、財政問題にまで視野の及ぶアドバイザーが不在のままマクロン大統領候補の公約に載せられていたものの、いざ政権がスタートしてから具体化を試みる段階になって、やはり失業保険制度を改革する中から、いわば自前の財源をねん出すべきだとの声が政府部内からあがった*25。(4)大統領の宣言の評価・関係者の受止めこのコングレ・ド・ヴェルサイユでのマクロン大統領の宣言は、もちろん「ボーニュス・マリュス」の制度化を加速させる効果もあったが、同時に、失業手当まわりの諸要件の厳格化という右派的な要素を失業保険改革のパッケージに迎え入れる結節点となったとも言えよう。34 ファイナンス 2021 Nov.SPOT

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