ファイナンス 2021年11月号 No.672
37/84

5大統領による「ちゃぶ台返し」ペニコー法案の提出により、いったんは政府の手を離れ立法府に舞台を移したかに見えた失業保険改革であるが、法案が未だ議会で審議中の2018年7月の議会セッション(コングレ・ド・ヴェルサイユ(Congrès de Versailles)と呼ばれる上下両院が一同に集う特殊なセッション*17)において、失業保険改革に関して新たに労使交渉を求めることを大統領が突如宣言をする。「失業保険制度が、就労への復帰に一層報いるとともに質の高い雇用の創出を促進するものとなるように、労使代表が同制度のルールを再考することを私は希望する。そのような新しいルールが今後数か月労使の間で話し合われ、2019年春にはそのような改革が実施されることになるだろう。」という趣旨の大統領の宣言*18は唐突感を以て国民や労使関係者に受け止められた。*17) 現行の第五共和制憲法の下ではイ)憲法改正案を採決するため、ロ)大統領の宣言を聞くため、ハ)EUへの新たな加盟国を承認するためという三つの目的に限り開催できることとされている特殊なセッションであり、2018年7月はロ)の名目で開催された。*18) https://www.elysee.fr/emmanuel-macron/2018/07/12/discours-du-president-de-la-republique-devant-le-parlement-reuni-en-congres-a-versailles(写真2)2018年7月、コングレ・ド・ヴェルサイユで演説するマクロン大統領(Présidence de la République de la France)この突然の宣言の背景はいくつか考えられる。(1)政治的背景第一に、政治的な背景である。このころ、「大統領は労使交渉を軽く見ている」「社会問題に対して労使1984年2月24日:失業保険制度の基礎制度化労使交渉によっても合意に達することができない事態が生じ、政府がはじめて政令(デクレ)によって制度改正。通常の失業手当を補足する特別連帯手当(allocation spécifique de solidarité(ASS))の創設など、現在に続く制度も盛り込まれていた。1992年7月18日:失業手当逓減制経済危機の直面し、年齢と受給期間に応じて失業手当が逓減する制度を導入(2001年に廃止)。支出の大幅な合理化と保険料の急激な上昇を伴うものだった。2001年1月1日:雇用に向けた積極策の導入新たな労働協約を通じて、雇用復帰と失業手当受給が紐づけられることとなった。今日まで続く雇用復帰支援手当(allocation d’aide au retour à l’emploi(ARE))が創設された。2008年12月19日:ポールオンプロワ(フランス版ハローワーク)の創設従来、複数に分立していた失業保険関連の機関をポールオンプロワに一本化。国と失業保険管理機構(Unédic)が共同で財源確保。2009年2月19日:失業手当表の一本化新たな労働協約により、全ての賃金労働者について、単一の失業手当表を適用。金融危機の最中の決定だった。また同年、失業手当受給開始要件については従来原則「直近22カ月中6か月の就労」だったものが原則「直近28か月中4か月の就労」へと緩和されている(本稿が扱う改革に関連)。2014年5月14日:権利の再充填制度導入金融危機によって傷んだ財政状況の改善も視野に入れつつ、セーフティネット機能の強化に向けた労働協約が締結された。不安定な地位にある賃金労働者の受給手当期間の保証を強化する観点から権利の再充填制度が導入された(本稿が扱う改革に関連)。(出典)失業保険管理機構(Unédic) ファイナンス 2021 Nov.33コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方SPOT

元のページ  ../index.html#37

このブックを見る