ファイナンス 2021年11月号 No.672
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1コロナ危機発生前の「前史」の存在本稿の本旨は、新型コロナウイルス感染拡大による公衆衛生上・経済上のショックがある中、フランス政府がどのように失業保険改革パッケージを進展させ、あるいは速度調整したかを見ることにある。しかしながら、コロナ危機発生前における失業保険改革の展開は、この本旨と連続的であり、少々長くなる(今月号においてはコロナ危機発生までたどり着かないことをあらかじめおことわりしておく)が、まずはこの「前史」を紹介する。「前史」だけでもフランス政府の多段階に及ぶ漸進的アプローチや労使代表との間での相応の紆余曲折があり、それを追体験することで、コロナ危機発生直前段階で、本改革に関してフランス政府がどの程度の思い入れを抱くに至っていたかを推し量ることができるのではないかと考える。22017年大統領選挙公約2017年大統領選挙に向けたマクロン候補(当時)の公約の中に、すでに失業保険改革の芽出しがみられた。同公約*10の中には失業保険に関連して、以下の3点がみられた。イ)自主退職した被用者に対して失業保険受給の権利を付与するロ)職人、独立の商店主、企業家、自由業、農業従事者などの自営業者に対して失業保険受給の権利を付与するハ)短期雇用に過度に走る雇用主は制裁(malus)的に保険料負担を引き上げ、安定的な雇用を創出する雇用主については応報(bonus)的に負担を引き下げる(いわゆる「ボーニュス・マリュス(bonus-malus)制度」)イ)、ロ)はセーフティネットの対象を拡大し、多様な働き方に対して「普遍的」な制度に失業保険制度をしていく、との意思のあらわれである。ハ)のボーニュス・マリュス制度については、「公正性」の観点に立ち、短期雇用の濫用という近年の問題を雇用主=経営者サイドにプレッシャーをかけることで解決をし*10) https://storage.googleapis.com/en-marche-fr/COMMUNICATION/Programme-Emmanuel-Macron.pdf*11) https://www.de-metiers.fr/sites/default/les/upload/d.pdf*12) ただし、この合意に、最左翼に位置する労働組合であるCGTは参加していない。*13) 2に既述のマクロン候補の公約のうちイ)とロ)を具体化するものである。ただし、来月号以降において述べるとおり制度化された内容を詳細にみると、手当受給権を獲得することになる自主退職者や自営業者については、各種の要件が付されることとなる。この点をとらまえて、公約の実施は「骨抜き」だとする論評もみられるところである。https://www.lemonde.fr/les-decodeurs/article/2018/08/02/assurance-chomage-une-promesse-phare-de-macron-videe-denitivement-de-sa-substance_5338717_4355770.htmlていこう、というアプローチである。「右派でも左派でもない(ni de droite ni de gauche)」と既成政党色を消して大統領に就任することとなるマクロン候補ではあるが、この時点の失業保険に関する公約内容は比較的左派的であると言えるのではないか。のちに改革の柱に追加されてくる失業手当まわりの諸要件の厳格化(被用者サイドに長期就労のインセンティブを与えることで短期雇用の濫用を防止するメカニズムを構築し、同時にマクロでみれば給付削減となるもの)という右派的であり親ビジネス的な項目は、この公約段階では姿がない。3マクロン大統領就任と失業保険制度に関する最初の労使合意2017年5月に就任したマクロン大統領は、同年9月にいわゆるマクロン・オルドナンスによる労働法典改革を断行し、労働市場改革の次なる標的である職業訓練制度・見習研修制度等の改革に着手する。2017年のマクロン・オルドナンスによる労働市場柔軟化策が、個々の労働者の視線で見れば解雇要件緩和という「痛み」を伴う改革であったことから、この第二段階の改革はセーフティネット機能を強化することで、バランスを取る効果を狙ったものと解釈された。2017年11月には労使代表に方針文書(document d’orientation)を示すことでこの第二段階をキックオフする。労使代表に迫る主要な改革項目は職業訓練・見習研修関連であったが、同文書には失業保険についても、成果パッケージに含まれるべき旨が抽象的に記載された。諸項目について、「2018年4月には法案化するので、労使は2018年1月末までには交渉を終えるように」、とされた。*112018年2月下旬には、1か月半に及ぶ労使交渉の末に、失業保険改革に関する「最低限」の合意が結ばれた*12。一定の自営業者と自主退職者に受給資格の道を開く内容であった*13。 ファイナンス 2021 Nov.31コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方SPOT

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