ファイナンス 2021年11月号 No.672
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▪はじめに(マクロン政権における労働市場改革の進展)フランスの労働市場に関しては、高失業率、労働スキルの二極化、不安定な雇用形態の多用、労働コストの高さなどが課題と指摘されてきた*1。マクロン現大統領は、前任のオランド大統領の下で経済産業デジタル大臣を務め、2015年のいわゆるマクロン法*2のイニシアチブを担当大臣としてとるなど、労働市場改革に意欲を持っていたと考えられる。2017年5月に大統領に就任すると、その勢いに乗り、9月には選挙公約にもあった労働法典改正を断行した(いわゆるマクロン・オルドナンス*3*4)。特に、一定の解雇の際の賠償金の上限を法令によって設定し、解雇要件を緩和しつつ解雇コストの予見可能性を高めたことは、行政・政治過程としては象徴的と言えよう。というのも、この上限設定は、2015年のマクロン法の際には憲法院の判断により、2016年のエル・コムリ法*5の際には法案策定の過程で、それぞれ法案から削除された経緯があり、「三度目の正直」だったからである。2017年の労働法典改正は諸改革が盛り込まれた複雑な体系であり、技術的に見れば「フランスの集団的規範設定システムに関しても大きな転換点であった」とする指摘もある*6ようであるが、いずれにせよ全体として労働市場の柔軟性を高める効果が期待されるものととらえられていた*7。*1) 例えば、Brandt, N. (2015) La formation professionnelle au service de l’amélioration des compétences en France, OECD Economics Department Working Papers, no.1260, OECD、あるいはCatherine, S., A. Landier et D. Thesmar (2015), Le marché du travail ; La grande fracture, Institut Montaigne、さらにはOCDE (2017), Obtenir les bonnes compétences:France, OECDなど。*2) https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000030978561/*3) https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000035607311/*4) https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000035607388?r=YrxMrWcSVG*5) https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000032983213?tab_selection=all&searchField=ALL&query=LOI+n%C2%B02016-1088&page=1&init=true*6) 例えば、JILPT(2019)「フランス労働法改革の意義と労使関係への影響」独立行政法人労働政策研究・研修機構JILPT資料シリーズNo.211*7) 例えば、Carcillo, S., Goujard, A., Hijzen, A. et S. Thewissen (2019), Assessing recent reforms and policy directions in France:Implementing the OECD Jobs Strategy, OECD Social, Employment and Migration Working Paper, No. 227, OECD。*8) https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000037367660/*9) https://www.impots.gouv.fr/portail/files/media/1_metier/2_professionnel/suppression_cice/fiche_information_suppression_cice_janvier_2019.pdf2018年8月には職業訓練、見習研修制度などの改革を実現し*8各種のセーフティネットを強化した。2019年1月からはオランド政権下でスタートした競争力強化・雇用促進税額控除(CICE)を社会保険料の企業負担分の軽減の形で恒久化し*9、労働コスト軽減に取り組んだ。(写真1)マクロン・オルドナンスに署名するマクロン大統領(中央)とペニコー労働大臣(当時・左)(Département photo de la présidence de la République)こうした一連の労働市場改革の中に、ここ数年の失業保険改革の取組みは位置付けられる。なお、以下に失業保険改革の進展を詳細に見ていくが、その際には、フランスの失業保険制度が歴史的には労使自治の原則の中で制度管理をすることが出発点であったことに留意することが必要である(コラム参照)。在フランス日本国大使館参事官 大来 志郎コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方~失業保険改革編・上~30 ファイナンス 2021 Nov.SPOT

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