ファイナンス 2021年11月号 No.672
22/84

の要因は、そもそも実際の取引に基づかず、単なるオファー・レートの投票にすぎないという点です。最終的にはLIBOR公表の停止は決定され、実際の取引に基づいた指標が導入されることになりましたが、そのような決定がなされるまでに、LIBORを構築するうえで出来るだけ実態の取引に合わせるなどしてLIBORを維持させながら改善する取り組みがなされていました。特に、英国の金融サービス機構の市場監督部門の責任者であったマーティン・ウィートリー氏による2012年のLIBOR改革案では、LIBORそのものの廃止というトーンより、LIBORの枠組みを維持する一方で、ガバナンスや監督の強化などを通じて質と信頼性の向上させる改革案が示されました*23。この改革案をしばしばウィートリー・レビューといい、これがLIBORを算出していたロンドンでなされた最初の重要な動きといえます。このような問題意識は国際機関でも展開されます。例えば、証券監督当局や証券取引所等から構成されている国際機関であるIOSCO(証券監督者国際機構)は、LIBORの不正が発覚したタイミングから議論を開始し、2013年7月に「IOSCO金融指針に関する原則の最終報告書」を発表し、LIBORの頑健性向上と維持をベースに、(1)ガバナンス、(2)指標の品質、(3)算出方法の品質、(4)説明責任、の4分野における合計19の原則を提示しました*24。また、各国の財務省や基準作成主体、IMFなどにより構成される金融安定理事会(Financial Stability Board, FSB)は、2014年7月に「主要な金利指標の改革に関する報告書」を発表し、「金利指標は可能な限り実際の取引に基づくべき」との考え方を示したうえで、LIBORなどの指標金利が、できる限り取引実績に立脚するなど,操作の余地が少ない指標として構築されることを提言しました*25。FSBは銀行の信用リスクをほとんど含まないリスク・フリー・レートを構築し、目的に応じて*23) ウィートリーによる改革案の詳細については井上(2012)を参照してください。*24) IOSCOによる原則については金融庁による抄訳(IOSCO(証券監督者国際機構)金融指標に関する原則の最終報告書)を参照してください。ここでの整理は金融庁「LIBOR公表停止に金融機関はどう対応すべきか」の整理を参照しました。https://www.fsa.go.jp/inter/ios/20130718-1/131225_kariyaku.pdf*25) 本節における「主要な金利指標の改革に関する報告書」の内容については雨宮(2020)による整理を参考にしています。*26) この方針は、複数の金利指標の適切な使い分けを旨とすることから、「マルチプル・レート・アプローチ」と呼ばれています。*27) 英国では2012年に金融サービス法が制定されることで、金融サービス機構(Financial Services Authority, FSA)が解体され、金融監督委員会(Financial Policy Committee, FPC)、健全性規制機構(Prudential Regulation Authority, PRA)、金融行為規制機構(Financial Conduct Authority, FCA)が設置されました。FCAでは消費者保護や市場規制を主に担うとされています。詳細は小立(2012)を参照してください。LIBOR等と使い分けることも提言しており*26、LIBORの代替指標改革を大きく前進させました。国際的な指標改革の動きについては別の論文で議論しますが、ここで強調したいことは、LIBOR 不正操作事件を発端として、LIBORの代替金利を模索するという動きだけでなく、LIBORそのものを実態の取引に反映させる形で改革する流れが生まれたわけです。4.3  ウォーター・フォール・アプローチ(構造)の導入上記をうけて、LIBORの質と信頼性の向上させる施策が次々と採られます。例えば、LIBORを算出する際、当初、BBAがその役割を担っていたのですが、BBAは英国で活動する銀行の業界団体であるため、BBAがパネル行からオファー・レートを収集してLIBORを算出すること自体一定の利益相反があるとみることができます。そのため、ICEが2014年2月より、英国の規制当局である英国金融行為規制機構(Financial Conduct Authority, FCA)*27から権限を付与される形でLIBORの算出及び運営を始めました。LIBORの算出方法そのものの改革もなされます。特に重要な改革がいわゆるウォーター・フォール・アプローチ(構造)の導入です。ウォーター・フォール・アプローチのイメージは図5になりますが、同アプローチでは、水が落ちていくようなイメージで、実際の取引に近いものから順番に採用する形をとります。実取引ベースのデータが得られない場合は、実際の取引に近い値を採用し、最後は専門家による判断がなされます。前述のとおり、LIBORの操作が可能になった背景には、実際の取引を伴わないオファー・レートに基づいていたためです。そのため、まずは実態に近い取引を採用し、それが得られないのであれば実態に近いものを順番に採用していくことで、LIBORの値を実態に近づけていくことが可能になり18 ファイナンス 2021 Nov.SPOT

元のページ  ../index.html#22

このブックを見る