ファイナンス 2021年11月号 No.672
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等*20が追加されます(TIBORもLIBORと同様、(2)と(3)も含みますが、TIBORについては今後の論文で詳細に説明します)。4LIBOR不正操作事件およびLIBOR改革4.1 なぜLIBORの不正操作が起こったかここからLIBOR不正操作問題について説明をしていきますが、ここまで読んでくださった読者はLIBORがそもそも不正操作されうる余地があったことはすでに想像がついているかと思います。繰り返しになりますが、LIBORの重要な点は実際の取引に基づいた金利ではなく、あくまで各銀行によるオファー・レート、すなわち、銀行が提示する金利により構築される指標金利でした。このオファー・レートで実際に投資家が取引するとは限りませんし、そもそも取引されないと分かっているオファー・レートを銀行が提示しているわけですから、実態と乖離しうるリスクを有していました。その意味で、LIBORには本質的に脆弱性があったわけで、いずれ表面化する問題を有していた指標とみることもできます。それではなぜ2008年ごろにこの問題が表面化したのでしょうか。良く指摘される点は、金融危機においてLIBOR提示行の投票行動にゆがみが生じていたという点です。当時、大手行はデフォルトする可能性を*20) クレジット・リスク以外にターム・リスクなども含まれます。本文で記載したとおり、市場で用いられる典型的なLIBORは、6か月円LIBORや3か月ドルLIBORなどである中、ここではTONAを複利計算することでターム物金利と同じ期間の金利(図における(1)+(2))を算出することを想定しています。そのため、TONAに基づく複利金利(図における(1)+(2))にはターム・プレミアムが含まれていないと考えられます。ターム・プレミアムについては服部(2019)を参照してください。*21) エンリッチ(2020)では、Snider and Youle(2010)を引用し、「根本的な理由、たとえば各銀行のポートフォリオがLIBORの影響を受けやすいことなどが誘因となり、彼らが自分たちのポジションに応じてLIBORを動かしている」(p.251)と指摘しています。*22) LIBOR不正問題の詳細は、エンリッチ(2020)を参照してください。有していたわけですが、銀行のデフォルトの可能性が上がることは銀行の調達金利の上昇を意味しますから、銀行の調達金利が上昇した場合、自行の信用力が落ちているというシグナルを市場に発することになります。銀行の調達金利を表すLIBORは前述の通り投票のメカニズムで決まっていましたから、パネル行は、信用力が低下していることを隠すため、自らの金利を低く設定し、LIBORが低くなるように誘導するインセンティブを有していました。また、金融危機以降は、バーゼル規制により銀行のバランス・シートを大きくすることに対して数々の規制がとられたわけですが、金融危機期以前は金融機関が巨大なポジションを作ることが可能であった期間とも言えます。LIBORそのものは銀行のオファー・レートに基づく指標金利になりますが、金利スワップなどLIBORに連動する金融商品により金融機関のトレーダーは巨大なポジションをとることが可能でした。そのため、2000年代はデリバティブの技術などが発展する中で、パネル行はLIBORに紐づく巨大なポジションを有しており、少数のパネル行で指標金利を決定していましたから、パネル行で共謀するインセンティブが発生しやすい環境があったといえます*21。実際、一部のトレーダーが自分のポジションに有利に誘導するため、関係者を巻き込み金利を操作していた点も大きな問題になりました。LIBORの不正操作は発覚後すぐに巨大なスキャンダルになりました。2008年にウォール・ストリート・ジャーナルが報道したことが発端とされていますが、その後、大手行が当局に対して巨額な制裁金を支払うという事態になりました。また、LIBORの不正に関与したとされるトレーダーの中には逮捕者も出ました。政府としては巨大な取引のベースとなるLIBORについて改革をする必要性に迫られたわけです*22。4.2  LIBOR改革繰り返しになりますが、LIBORが操作された最大図4 ターム物金利という観点でみたLIBORの構成要素のイメージLIBOR(TIBOR)リスク・フリー・レートであるTONAに基づくターム物金利(1)リスク・フリー・レート(TONA)(2)TONAを複利計算することによる調整(3)金融機関のクレジット・リスクプレミアム出所:日本銀行資料をベースに筆者作成 ファイナンス 2021 Nov.17金利指標改革入門SPOT

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