ファイナンス 2021年11月号 No.672
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も思われますが、その一方で、実際の売買に立脚しないがゆえ操作されうる余地を生んだわけです(不正操作については後述します)。ちなみに、円金利のLIBORを「ユーロ円」LIBORという言い方をすることがあります。実は、金融において「ユーロ」とは欧州の通貨という意味だけでなく、「自国外(オフショア)」という意味も持っています。円LIBORの場合、上述のプロセスを考えるとロンドン(つまり日本国外)で定められる円の金利であるため、円に関するLIBORは「ユーロ円」LIBORになるわけです。3.2 LIBORの歴史そもそも、LIBORの歴史は冷戦時代までさかのぼります*17。米国外(ユーロ)で取引される米ドル、いわゆるユーロ・ドル市場の発展は、冷戦構造と密接な関係を有していました。当時冷戦状況であったソ連政府やその関連する民間企業からすれば、米ドルの決済を米国で行った場合、例えば米国に口座を凍結されるなどのリスクを有します。そのため、米国以外で米ドルを決済する需要があり、その市場が欧州で発展していくことになります。これが米国外(ユーロ)で米ドルが取引されるユーロ・ドル市場の起源といわれています。LIBORの起源は1960年代のユーロ・ドル市場において組成されたシンジケート・ローンが発端とされています。イランの皇帝向けに巨大な融資を行う案件を請け負ったマニハニと呼ばれる銀行(今のJPモルガン・チェース)は自行だけでその融資が不可能であったことから、ロスチャイルドなどの協力を経て、協調融資(シンジケート・ローン)を実施します。当時はインフレの懸念が高く、金利リスクをヘッジするためその利払方式として変動金利が用いられたのですが*18、その変動金利を決定するため、主幹事行がシンジケート・ローンの参加行から調達金利を聞き取り、それを平均化するという形で6か月ごとの金利を設定するという仕組みを作ったわけです。これは今のLIBORの原型ともいえるものです。*17) ここでの記述は主に、金融庁資料や太田(2019)などに基づいています。詳細はそちらをご覧ください。*18) 金利リスクとは例えば貸出をする際、受取金利を長期にわたり固定するため発生します。そのため、金利リスクを軽減する一つの方法は金利を変動金利にすることです。金利リスクの詳細は服部(2020c)を参照してください。その後、ユーロ・ドル市場は拡大していきます。例えば、オイルショックにより、アラブ諸国のドル資金が中東戦争などを背景に、米国への資金流入を忌避し、欧州にドル資金が流入しました。また、サッチャーによる金融改革などロンドン・シティが金融センターとしての地位を確立していきます。LIBORの金利指標の拡大にはフィナンシャル・タイムズの役割も看過できません。1980年6月から、フィナンシャル・タイムズが主要行の資金調達金利を聞き取り、その平均値を算出し掲載するようになりました。これはLIBORという金利指標の透明性の向上に寄与しました。その後、1980年代には金利スワップなどデリバティブ取引が拡大していきます。服部(2020b)で解説した金利スワップの取引が始まったのも1980年代からです。そこで、1986年に英国銀行協会(British Bankers Associations, BBA)がイングランド銀行との協力により、LIBORの公表を行うようになります。上記の流れに鑑みると、LIBORという金利指標は、そもそもニーズがあるものが業界や中央銀行の後押しにより権威付けされ、重要なインフラとなったわけです。3.3 「先決めターム物金利」であるLIBORここからLIBORの特徴について考えていきます。まず、LIBORが有する非常に重要な特徴は「先決めターム物金利」である点です(この点がLIBORの代替金利を考えるうえで決定的に重要な特徴になります)。例えば、読者がある金融機関から5年間お金を借りたとして、その金利が「6か月円LIBOR+2%」という変動金利で決まっていたとします。現在、6か月円LIBORの金利が前述の投票メカニズムで1%に定まり、読者が支払う金利が3%(=1%+2%)になったとします(このように変動金利が定まることを「フィクシング」といいます)。この場合、読者が今から6か月後に支払う金利は、(3%が年率表記であることに注意すれば)その半分である「1.5%×元本(残高)」になります。この場合、読者は6か月後に「事前に定められた金利」を支払います。半年後、また金利がリセットされて上述の投票メカニズムで6か月の ファイナンス 2021 Nov.15金利指標改革入門SPOT

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