ファイナンス 2021年11月号 No.672
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を吐き出して、投資家がそれを購入します。ここでは10年国債を例にしましたが、異なる年限の国債や、社債や金利スワップなど異なる商品でも基本的な構図は同じです。また、OTC市場においてどのような金融機関がマーケット・メイクを担うかは金融商品ごとに異なります。例えば、国債など債券市場に係るOTC市場は主に証券会社(投資銀行)が市場を形成しています。一方、為替もOTC市場で取引されていますが、銀行を中心にマーケット・メイクがなされています*9。なお、マーケット・メイクに際し、上述の説明を受けると、読者からみるとセールスは単なる仲介役に感じられるかもしれません。しかし、トレーダーと投資家は基本的に利害が対立するため*10、両者が折り合える価格を探すなど、実際の取引において重要な役割を担っています(詳細はBOX 1をご覧ください)。2.3  OTC市場における市場の流動性と公正な価格上記を前提に、ここからある日のフェア(公正)なプライスを考えていきます。前述のとおり、日本国債先物は1日だけで数兆円の売買がなされる市場ですが、「標準物」と呼ばれる架空の証券を上場させることで、一つの証券に取引を集中し流動性を高めています。そのため、取引所取引でプライシングがなされる国債先物は市場の制度的な工夫により、売買に立脚した公正な価格を観測しやすいという側面を有します。さらに、国債先物では、「板寄せ」を行うことで、市場が開く時間と閉まる時間の公正な価格を観測するための工夫もとられています。具体的には、11時時点から2分間かけて、その時点の板にある注文をベースに、投資家から買い注文と売り注文を募り、一定のルールに基づき、投資家の売買に基づいた11時2分時点にお*9) 細かな点をいえば、我が国の場合、銀行がプライマリー・ディーラーになっていたり、証券会社も為替のマーケット・メイクをしているなどありますが、ここでは全体的なイメージを記載している点に注意してください。*10) 例えば、トレーダーが在庫を有する中、国債の価格を安く売った場合、トレーダーにとってはマイナスになりますが、買い手にとってはプラスになります。一方、国債の価格を高く売った場合はトレーダーにとってはプラスになりますが、買い手にとってはマイナスになります。*11) 板寄せは非常にテクニカルであるため、詳細な説明は避けますが、詳細を知りたい読者は日本取引所グループのウェブサイトなどをご参照ください。*12) 日本相互証券はしばしばBroker’s Broker(BB)と呼ばれます。BBとは、証券会社等のトレーダー間で売買する業者間取引の専門仲介業者になります。Broker’s Brokerは日本相互証券以外にもありますが、日本相互会社は我が国での最初のBroker’s Brokerであるなど、BBといった場合、日本相互証券を指すことが少なくありません。 日本相互証券は各証券会社等向けに、日本国債の銘柄ごとの板を提示しています。その板にはその時点での各銘柄の気配値や当日の出来高、直近売買がなされた価格(利回り)が刻まれています。なお、日本相互証券を通じた売買は前場(午前8時40分から午前11時5分)、後場(午後0時25分から午後3時20分)、イブニング・セッション(午後3時30分から午後6時5分)で構成されています。詳細は下記を参照ください。https://www.bb.jbts.co.jp/ja/deal/rule.html*13) 実際、業者間の取引において、10年国債でさえ1日一度も売買がなされなかったという日も存在します。例えば、日本経済新聞(2021/6/2)「国債売買、21年ぶり低水準 10年債の5月 金利動かず海外勢離れ 1日は11カ月ぶり不成立」をご参照ください。*14) 発行体が同じでも満期や利率が異なれば違う銘柄になる点に注意が必要です。ける先物価格のプライシングを行います*11。これは11時2分時点における実際の売買に立脚したプライスという意味で、いわば公正な価格ということができます。15時から15時2分においても同様に板寄せを行うことで公正な価格を定めますが、これらの価格は市場が開いている終わりの値段であるため、実務では通常、「終値」といいます。一方、OTC市場の場合はどうでしょうか。そもそもOTC市場の場合、無数にある債券をトレーダーが在庫として保有してマーケット・メイクをしていますから、その時点時点での公正な価格を見ること自体そもそも困難です。国債市場の場合、業者間での取引に相対的に厚みがあり、例えば日本相互証券が提供する板情報により国債の買い気配値・売り気配値(オファー・ビット)が観測しやすくなっています*12。しかし、例えば、15時時点における公正(フェア)な価格を決めようと思っても、15時時点でそもそも投資家が売買する保証は一切ありませんし、原理的に24時間空いているOTC市場には板寄せのような仕組みはありません。仮に15時に取引があったとしても、その取引は市場の規模から見て非常に小さい可能性もあり、(市場参加者の多くの意見が反映されていない、ごく一部の参加者の間の取引であるがゆえ)市場実勢から乖離したところで偶然取引が成立するかもしれません。特に日銀が量的・質的緩和を実施して以降、日銀が国債を市場から大量に吸い上げてしまいますから、流動性が相対的に高い日本国債ですら売買が減っているという指摘がなされています*13(特に日本の公社債市場には、10,000以上の銘柄*14があるので、1日中1度も取引されない銘柄がほとんどです)。上述のような事情がありますから、15時時点における、ある債券(たとえば10年国債)のプライスを決める現実的な方法は、証券会社のトレーダーから12 ファイナンス 2021 Nov.SPOT

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