ファイナンス 2021年11月号 No.672
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1はじめに本稿はLIBOR不正操作問題以降の金利指標改革について解説することを目的としています。ロンドン銀行間取引金利(London Interbank Oered Rate, LIBOR)とはロンドン市場における銀行による短期資金の融通に紐づいた指標金利であり、長い間金融市場において最も重要な変数の一つでした。LIBORは貸出の際に用いられるだけでなく、金利スワップなどデリバティブでも広く用いられています。事実、数千兆円規模の取引*2がLIBORと関連しており、そのLIBORが消滅するのですから、これがいかに金融市場によって激震が走る事実であるかご理解いただけると思います。本稿では数回に渡り、LIBORの性質や成り立ちから始め、なぜLIBORの不正操作問題が起きたか、さらにこれに代わる代替金利としてどのようなものが望ましいかについて議論していきます。LIBORの不正操作問題が起きた原因やLIBORに代わる金利指標は市場参加者から見ても複雑なものですが、筆者の意見では、店頭(Over-The-Counter, OTC)市場の難しさに起因しています。その仕組みを理解することはLIBOR算出方法やその改善方法、さらには代替金利を考えるうえで必須といえます。そのため、少し遠回りになりますが、本稿ではOTC市場そのものの説明やそこで形成されるプライシングについても具体例を用いて説明します。本稿の構成は次の通りです。まずOTC市場を説明した後、LIBORの算出方法や歴史的経緯などについ*1) 本稿の作成にあたって、市川達夫氏、川名志郎氏(金融庁)、後藤勇人氏、富安弘毅氏等、様々な方に有益な助言や示唆をいただきました。本稿の意見に係る部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織の見解を表すものではありません。本稿の記述における誤りは全て筆者によるものです。また本稿は、本稿で紹介する論文の正確性について何ら保証するものではありません。本稿につき、コメントをくださった多くの方々に感謝申し上げます。*2) 金融庁資料では、「2014年3月時点におけるLIBORを参照している金融商品・取引の契約金額は、推計で約220兆ドル。円LIBORの契約金額は約3,140兆円」(金融庁「LIBOR公表停止の課題と対応について」より抜粋)としています。*3) 筆者の経験上、実務家はマーケット・メイカーを指すうえで、トレーダーとディーラーという2つの表現を用います。もっとも、トレーダーをマーケット・メイカーではなく、単なる仲介者のような形で使うことがあるなど、厳密な定義が残念ながら存在しないため、文脈に応じて、使い手がマーケット・メイカー以外を指している可能性がある点に注意が必要です。*4) トレーダーはたとえ国債を保有していなかったとしても、注文があった国債を借りてきて販売することもできます。この場合、トレーダーはショートのポジションになります。国債についてはレポ市場と呼ばれる現物の貸借を行う市場があります。レポ市場について服部(2020a)を参照してください。て説明します。そのうえで、LIBOR不正操作の内容やLIBOR改革について説明を行います。LIBORの代替的な金利指標や国際的な動向については次回以降の論文で説明することを予定しています。2相対(店頭、OTC)市場2.1  相対(店頭、OTC)取引と市場(取引所)取引冒頭で記載した通り、LIBORの不正操作や一連の金利指標改革の流れを把握するうえで、OTC市場の仕組みを理解することが重要です。そこで本稿ではまずはOTC市場の仕組みやその中でなされる価格形成について議論していきます。まず一般的に金融市場における取引には店頭取引(相対取引、OTC取引)と取引所取引(市場取引)が存在します。店頭取引は図1の左図にあるように、AとBが相対で取引する市場です。一方、取引所取引とは、図1の右図にあるとおり、AとBが取引を行う際、主に取引所が媒介に入って取引を行う仕組みを指します。債券市場は主にOTC市場で取引されていますが、典型的には証券会社に所属するトレーダー(ディーラー)*3が債券を在庫で保有することで市場を作っています*4。トレーダーは顧客から買い注文があった場合、在庫で保有している債券を吐き出すことで顧客の注文に対応する一方、売り注文の場合、その債券を顧客から取得して在庫として保有します。こうしてみると、OTC市場で投資家が自由に売買できる背景には、東京大学 公共政策大学院 服部 孝洋*1金利指標改革入門―店頭(OTC)市場とLIBOR不正操作問題について―10 ファイナンス 2021 Nov.SPOT

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