ファイナンス 2021年10月号 No.671
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ならば最後には民衆をはなはだしく抑圧し、重税を課し、金を得るためにはあらゆることを行うことにならざるを得ない。その結果臣民は彼を憎悪し始め、貧しくなった彼に何人も尊敬を損なわなくなる。…賢明な君主はけちであるという評判を気にすべきではない」。宗春の例にはこの指摘が当てはまる。現代の政治社会にも当てはまるかもしれない。と思ったものの、財政が一定以上の信用力を有する国では、為政者は重税を課さなくても公債の発行によって、気前が良いという評判を維持することができるから、当てはめに無理があるだろう。いやそもそも現代の為政者は、気前が良いという評判を維持しようと豪奢に類する行為を行うために財政支出を行うわけはなく、景気対策その他「真に必要にしてやむをえない施策」を行うために財政支出を行うのであるから、無理なあてはめが頭をよぎった私はかなりひねくれているということだろう。なおマキアヴェッリは、「君主は自己及び自己の臣民の財貨を費やす場合には節約すべきであるが、第三者のそれを費やすものである場合には気前良さを大いに発揮すべきである」という趣旨のことも述べている。この「第三者」を「将来世代」と読み替えようなどとは思わないようにしよう。さて話を宗春にもどすと、改易(藩の取り潰し)を怖れる藩の重臣たちの策謀もあって、宗春は43歳で隠居謹慎を命じられ、長い幽閉生活を経て69歳で没した。死してなお幕府から赦されず、墓石には金網がかぶせられていた。ようやく赦され従二位権大納言が追贈されたのは、死後75年目1839年であった。宗春については、将軍吉宗と勝手掛老中松平乗のり邑さとの質素倹約・規制強化路線に対して、開放政策・規制緩和をして民の楽しみを重視したとか、享保の改革による緊縮政策に自由経済政策理論をもって立ち向かったなどと、持ち上げる向きも多い。その中で本書の著者は、そもそも宗春は遊蕩児の気質が巣喰ったロマンチストで政治家の素質は皆無に近いと評する。そして、宗春は、米経済中心の将軍吉宗には見えなかった「完全なる商品貨幣経済の到来を見通していた」としつつ、それは放蕩者特有の感覚の鋭敏さと直観力の「ほとんど無意識のうちの働き」によるものであって、「彼自身確信を持っていたわけではない」としている。小説あるいは評伝としての出来栄えについて論ずる能力はないが、著者の辛口な口調は何とも言えず面白い。例えば宗春の晩年について、「あれだけの長い歳月蟄居生活を送ったにもかかわらず、宗春が万巻の書を読んだという話は伝わっていない。よほど学問が好きでなかったとみえる」とまことに容赦ない。宗春の晩年、宗春つき奥番として自らの藩士としての将来を捨てて主人に尽くした河村秀ひで根ねに関しては、「相手(秀根)のケタ外れの好意を平然として受ける宗春の図々しさも相当のものだが、自分の人生のほとんどを擲なげうってまで尽くす秀根のやさしさも常人ばなれがしている」としている。秀根は、宗春の死後宿願の日本書紀研究に打ち込み、宗春没後22年目に「書紀集しつ解かい」30巻をまとめるが、これに関しても著者は、彼の「学問が深部に達せず、かつ未完結のまま終わったことと、彼の壮年期を宗春のために犠牲にしたこととは、直接には関係がないと思われる。それよりも、その程度の人物だったからこそ、自分を捨ててまで他人に尽くすことができたともいえる」と辛口に評している。水羊羹では止まらず、さらに餡団子を食べながら、著者の「食えない」筆致にニタニタしているうちに、口の中からガリっと嫌な音。奥歯の金属の詰め物が取れたのだ。ここ数年歯の具合が悪い。以前治療した歯の詰め物が、次々に外れるのだ。中には歯が割れているとかで、無慈悲にも抜かれてしまった奥歯もある。悔しいことが多くて歯噛みばかりしていたからか。外れてしまった詰め物を試みに歯の穴にはめてみるが、やけにきつい。歯が縮むわけもないから、元々削った穴よりも大きめだったのだろう。思い出してみると、詰め物を木槌で叩いて歯の穴に詰められたような気がする。きっちり入れたから20年近くもったのか、歯に無理がかかって歯が割れて抜く破目になったのか。さもあればあれ、後輩諸君には、いかに忙しくとも歯医者は慎重に選べ、手近だからとか予約の変更がしやすいからという理由で選ぶなと言いたい。残りの団子を食べるのは断念して、昼寝する。目覚めれば夕方。夕食の準備にかかる。歯の詰め物が取れるとは思わなかったので、今晩のメインは煮豚である。ごついロースのかたまり肉を煮て、湯通しして味付けたキャベツの上にのせる。豚肉の繊維が歯に引っ掛かりそうで献立を後悔したが、昨日のうちに献立を決めて買い物したので仕方がない。あとはほうれん草76 ファイナンス 2021 Oct.連載私の週末 料理日記

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