ファイナンス 2021年10月号 No.671
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FATF基準に取り込まれて行くというシナリオも、論理的には排除されない。現在のパッケージは、国際社会がここまでで到達した最大公約数的な合意という、スナップショットだ。FATFは、そのことを是とするか非とするかはともかく、今後も拡大の可能性を秘めた枠組みなのである。第二のマッピングは、時系列に従って(A)リスクの特定・評価等(資源配分)、(B)顧客管理等・金融制裁の実施といった、取引の前線における措置(水際措置)、(C)捜査の端緒の獲得~処罰(事後対応)の各段階の何れに関わるものか、という観点からの性格付けである(図表4)。ここにおいても、第一の断面同様、必ずしもこれら三段階が、ある項目の要素として競合的・相互排他的なものではない点には留意が必要である。なお、これらの各段階については、官民のバーデン・シェアリングという観点から、一定のウェイト付けをすることが可能である。即ち、(A)については、各国政府が国としてのリスクを把握すべきとされているのと同時に、各業界及び関係する各事業者においても、自らを取り巻くリスクを適切に評価すべきとされており、官民に応分の負担が求められる部分である。他方、(B)は金融機関をはじめとした事業者にその実施が求められるものであり、実務的には主*11) 但しこの部分についても、あくまで相互審査で評価されるのは、それらを適切に民間事業者に実施させているべき政府であり、民間事業者は直接の名宛人ではない。要部分が民側の負担によるものだ。企業のコンプライアンス担当者を悩ませる最大の要素が正にここであり、世間で「マネロン対策」というと、この文脈に矮小化されて認識されがちであることも、ある意味仕方がない*11。最後に(C)については、捜査端緒としての「疑わしき取引」(STR)提出の部分において民の大きな負担が求められるが、提出された情報を捜査端緒として活用し、逮捕・起訴を経て適切な処罰に結び付けるのは、警察・検察といった刑事司法当局をはじめとする、官の責任である。犯罪者引渡しを含む国際的共助、及びそれに準ずる国際協力が求められるのも、この段階である。以上概観した勧告・有効性指標に、様々な補足文書・参考文書が加わりFATFのルール体系が形成される。もっとも、仮にFATFがルール・メイキング機能だけで自己完結していれば、単にデスクに向かって、画用紙に餅を描いている集団という以上の存在ではない。次章においては、その組織と規範が獲得するに至った、強い執行力の源泉を探って行きたい。※ 本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。図表4 地下資金対策の各段階③捜査の端緒の獲得~処罰(事後対応)②顧客管理等・金融制裁の実施(水際措置)①リスクの特定・評価(資源配分)【官】提出された報告の活用、捜査・訴追、国際協力【民】疑わしき取引報告の提出【官】事業者の措置実施のための法令・インフラ整備、監督【民】本人確認・顧客管理等、金融制裁の実施【官】国としてのリスク分析・共有【民】業態・個社ごとのリスク分析(筆者作成)74 ファイナンス 2021 Oct.還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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