ファイナンス 2021年10月号 No.671
77/94

のであり、法令等の整備を前提として、その下での実施がきちんとなされているかを測定するためのものだ。これは、制度だけ作ってもそれが正しく運用されなければ、「仏作って魂入れず」になりかねないとの問題意識から規定されたものである。ただ、(1)・(2)の記述はやや抽象的であるため、実務的には(3)の内、特にメソドロジーと呼ばれる、より細分化された準則を併せ読むことになる。さて、これらを実際に見てみると、個別の項目の間でその書振りや粒度・深度にかなりの差があり、作文としては必ずしも洗練されているとは言い難い。また、各項目の射程が、複数の要素を包摂してカバーしているものがあるかと思えば、局所的にしか当てはまらない項目もあったりと、構成としてもかなり錯綜している。もっとも、以下の二つの断面から勧告と有効性指標を眺め、各々がどの要素に関わるものなのかを把握することで、それらのおよそのマッピングを行うことが可能である。第一は、地下資金対策の三本の「柱」である(I)犯罪による収益の洗浄、(II)テロリストへの資金供与、(III)核兵器等の大量破壊兵器拡散に寄与する資金供与(略して「拡散金融」)、の何れに関わるものかという断面である。この点、各章冒頭の論点図で示す通り、(I)と(II)は刑事政策、(II)と(III)は外交・安全保障という意味において共通点を有するため、それらを併せて射程に収めた項目が存在したり、または項目立て自体は別になっていても、内容的に似通っているものも多い。例えば、勧告20・30、指標6等は前者二つに共通のものであるし、勧告6・7、指標10・11等は、国連安保理の制裁決議の実施という意味で、後者二つに共通する要請が含まれる。勿論、(I)~(III)全てに共通するもの、また、三つに何れかだけに対応するものも多くある。なお歴史的に見ると、これらの柱は同時に建てられた訳ではなく、1990年の設立当初は犯罪収益に限られていたFATFのスコープが、2001年にテロ資金、2012年に核兵器等の開発資金へと徐々に拡大されて行った結果が、現在の姿を形作っている(図表3)。FATFの地域的影響力拡大については既述したが、こ*10) 外国為替及び外国貿易法、外国為替及び外国貿易法第16条第1項又は第3項の規定に基づく財務大臣の許可を受けなければならない支払等を指定する件、等こには、そのマンデートの増大という、FATFのもう一つの発展の系譜がある。そして、その二度に亘る拡張の背景には、9.11同時多発テロ等を契機としての、超大国である米国の強い政治的意思が働いている。それらの経緯は後の対応する章において触れて行きたいが、総論において、ここで一つだけ注意喚起をしたい。それは、現在の地下資金移転対策でこの三つがパッケージになっていることは、ある意味での「歴史的必然」であるにせよ、「論理的必然」ではないということだ。およそ、不法なカネが動くのであればそれに対策の網を掛けることは、合理的な政策上の要請である。具体的には、テロ資金や拡散金融対策の重要な礎である国連制裁決議は、現在までも将来に亘っても、これら二つに対象を限定されている訳ではない。過去の金融的措置を含む決議対象には、例えばコンゴ民主共和国・スーダン・ソマリア等に係る、(核兵器開発等にはリンクしない)平和維持・構築目的のものも含まれており、我が国でも関係者に対する金融制裁が、外為法の下で実施されている*10。これらをFATFの射程に含めることも、理屈の上では十分に可能である。現状それが含まれていないのは、国際社会、なかんずくそれをリードする大国の政策的優先順位の高低によるものに過ぎない。また、そもそも現時点で金融制裁の発動が国際社会の総意となっていない対象、例えば目下、人道状況の悪化が懸念されるミャンマーの軍事政権関係者等に対しては、米国・EUが独自にバイラテラルの制裁措置を取っている。外交の綾と潮目の変化により、そのような対象への制裁措置が、今後、合意の対象となってグローバルに敷衍し、更に図表3 FATFのマンデートの増大資金洗浄テロ資金供与テロ資金供与拡散金融資金洗浄資金洗浄1990年2001年2012年(財務省作成) ファイナンス 2021 Oct.73還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

元のページ  ../index.html#77

このブックを見る