ファイナンス 2021年10月号 No.671
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ここまで、FATFという組織について、さしたる解説も付さずに話を進めて来た。国連はおろか、筆者が現在所属するIMF(国際通貨基金)等と比べても遥かに知名度が劣るこの組織は、聞いたことが無い人にとっては何をしているか考えも及ばず、また知っている人にとっても、多くの場合は日本の地下資金対策が遅れていると圧力をかけて来る外生的存在というのが、その一般的な理解であろう。FATFという存在は、多くの場合一方において過大な完成形としてイメージされると同時に、他方で主にその実効性・影響力という側面においては、受けている評価はまだまだ過小である。これらは何れも、その組織の成立に至る歴史的経緯に対する理解と、それを前提とした、現在の国際社会における措定が正しくなされていないことに起因する。前章までで、マネロン罪という犯罪類型が、人類史において非常に特殊なものであることを見て来たが、マネロン対策を軸に設立されたFATF、及びそれを核とした地下資金対策の国際的枠組も、また他に類を見ないユニークさが際立つ存在である。しかもその経緯は、出自からして非常にアドホックで不完全な枠組みが、更に時代の節目ごとに、見方によっては場当たり的とも言える伸長を繰り返す内に、ある意味での制度的な均衡解に至り、当初の青写真の起草者達も想定しなかったであろう強大な執行力を獲得するに至る、興味深いグローバル・アーキテクチャーの形成史でもある。この章においては、FATF及びそれを中心とした現在の国際社会における地下資金対策の枠組みを俯瞰し、その極めてユニークな形質と意義を検討して行きたい。■国際的地下資金対策のルール・メイキング機能を担うFATFは、世界的な麻薬対策の延長として、1989年に設立された。これは、麻薬問題に悩まされていた国際社会、特に欧米の利害が一致したことで、実現したもの。■一般的なイメージとは相違し、FATFの組織態様は、歴史的経緯を反映して独特かつ不完全な「恒久化された暫定組織」。自発的な地域組織という独自のシステムを通じて、その影響力は世界のほぼ全ての国・地域に及ぶ。■FATF基準の中でも中核となるのは、40の勧告及び11の有効性指標。そのカバー範囲は、大国の意向を受けて拡大され、現在、犯罪収益・テロ資金・拡散金融対策を柱とするが、将来的には更に拡大して行く可能性もある。要旨IMF法務局 上級顧問 野田 恒平還流する地下資金―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―フランソワ・ミッテラン(出典:SPC 5 James Cavalier, US Military, Public domain)ミッテラン大統領の在任時にフランスで開催されたG7サミットにおいて、FATF(金融活動作業部会)の創設が合意された。FATF:成立とルール・メイキング機能3本章の範囲国家間の共働・軋轢各国の制度設計・実施国際規範・基準の形成犯罪収益テロ資金核開発等資金刑事政策外交・安全保障68 ファイナンス 2021 Oct.連載還流する 地下資金

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