ファイナンス 2021年10月号 No.671
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ル)をシフトさせていることから、シフティッド・ログノーマル・モデルと呼ばれます。実際、シフティッド・ログノーマル・モデルは実務で広く用いられています。その一因として、長年ブラック・モデルが用いられていたため、システム対応が簡単である点が挙げられます。一方、シフティッド・ログノーマル・モデルを使う最大の問題はどの程度シフトさせるかでしょう。理屈上はフォワード・レートがプラスになるようにシフトさればよいわけですが、マイナス金利の深さはその時々で変わります。どの程度シフトされるかは商慣行によるところが多く、例えば、Bloombergでは2%がデフォルトで用いられる傾向にあります。櫻井(2016)では「現在ヨーロッパでは1%のシフトが一般化されつつあると聞くが、マイナス金利状態が続けば、何らかのシフト幅が市場のコンセンサスになると考えられる」(p.534)とコメントしています。円金利について筆者の実感では1%や2%などといった区切りの良い数値が用いられているという印象です。ノーマル・モデルを使うことにデメリットを感じる実務家がいる背景には、より一層システム対応が必要になる点に加え、同モデルでは金利が上下に起こる確率が同程度という想定している点にあります。金利がマイナスである中、金利がプラスに向かう確率とさらにマイナスが深堀される確率が同じであると想定するのは非現実とみることもできるかもしれません。このように思うのであれば、スワップ・レートが対数正規分布に従うことを想定するシフティッド・ログノーマル・モデルを用いることが現実的ともいえます。いずれにせよ、実務では、両方ともメリットがあることから両方とも併用されているということが現状です。ちなみに、筆者の実感ではノーマル・ボルに比べ、シフティッド・ログノーマル・モデルのIVはデータの取得が困難という印象があります*7。それもあり、学者や実務家がIVを使った分析をする場合、ノーマル・モデルを使うケースが多い印象です。*7) データが仮に取得できても、どの程度シフトさせているかが明示されていないこともあります。*8) ここでは、マイナス金利でない期間を見せています。マイナス金利になった期間については、ブラック・ボルは計算できなくなります。*9) この値はBloombergの値を参照しています。3. スワップションの公式3.1  データでみるノーマル・ボルとブラック・ボルの違いここからスワップションの公式(ノーマル・モデルやブラック・モデルを前提に解析的に解かれたオプションの価格式)およびIV算出のイメージを説明しますが、まずは実際のノーマル・ボルとブラック・ボルがどのような値をとるかをみてみます。図2が10年のスワップション(満期1か月)から算出したノーマル・ボルとブラック・ボルの推移を示しています*8。これをみると、まず、値そのものはかなり違うことがわかります。また、全体的に似た動きをしているものの必ずしも相関しない期間も少なくないことが確認できます。図2  10年金利スワップのスワップション(満期1か月)におけるIVの推移0120(bps)10080604020050607080910111213ノーマル・ボルブラック・ボル実務家は、ブラック・ボルとノーマル・ボルの違いを、下記の近似式で概ね把握しています。=↔== ≈× =√[1√2−2/2+∙=−√=∑(0,)+=+1=[(1)−(2)] 1=ln(/)+2/2(3)この式を前提とすると、両者の動きに違いが生まれる理由は、ノーマル・ボルの場合、フォワード・レートの動きが加わるからと解釈できます。例えばブラック・ボルが上昇していても、金利低下が進む局面ではノーマル・ボルはむしろ低下するということが起こりえます。式(3)の近似式が成立しているかについて数値例を確認しておきます。例えば、2013年3月末の10年スワップション(満期1か月)のブラック・ボルは0.398%であり、ノーマル・ボルは0.570%でした*9。 ファイナンス 2021 Oct.59シリーズ 日本経済を考える 117連載日本経済を 考える

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