ファイナンス 2021年10月号 No.671
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ここでいうσNがノーマル・ボルです。このようなモデル化をすると、(微小時間における)スワップ・レートそのものが正規分布に従います。前述のとおり、リターン(変化率)に正規分布を仮定すると、価格は対数正規分布になります。リターンに対して正規分布を仮定している以上、価格が2倍になる確率と1/2倍になる確率は同じになるわけですが、金利の変化が正規分布に従うと想定すれば、金利が上がる場合も下がる場合も等確率で起こるため、金利水準そのものも左右バランスの取れた分布(正規分布)に従います。このモデルは古くは、1900年にルイ・バシュリエが提唱していたことから、ノーマル・モデルはバシュリエ・モデル*5といわれることもあります。バシュリエは1900年の論文が半世紀後、奇跡的な経緯を経て、経済学者ポール・サミュエルソンによって見いだされ、効率的市場仮説などファイナンスに対し多大な貢献をしました*6。バシュリエの論文は近年になりマイナス金利が観察されるようになり、そのモデルが復興したとの意見もあります。2.3  ノーマル・モデルとブラック・モデルを用いてIVを算出するとはどういうことを意味するか式(1)と式(2)でノーマル・モデルとブラック・モデルを説明されても初学者はその具体的なイメージがわきにくいかもしれません。詳細は後述しますが、式(1)と式(2)という形でスワップ・レートの動きをモデル化することで、(ヨーロピアン・タイプの)スワップションのプレミアムをそれぞれ解析的に書き下すことができます。もちろん、前提となる金利の動きについて異なるモデル化がなされていますから、解析的に導出されたスワップションの価格式(オプションの公式)は、式(1)と式(2)のどちらに立脚するかで異なります(スワップションの公式は3.2節で説明します)。服部(2020a)で説明したとおり、市場で取引されるプレミアムや満期などの情報が得られれば、(解析的に導出した)オプションの公式に立脚してボラティリティ(IV)を逆算できますが、同じ*5) 学術的な研究ではバシュリエ・モデルと記載されることもありますが、筆者の印象では、実務的にはノーマル・モデルという表現が使われることがほとんどです。例えば、Bloombergなどのベンダーや金融機関のレポートなどでは基本的にはノーマル・モデルやノーマル・ボルという表現が使われます。そのため、本稿ではノーマル・モデルやノーマル・ボルという表現を使っています。*6) この辺りの歴史的経緯を知りたい人は櫻井(2016)などを参照してください。オプション・プレミアムや満期などを入力しても、オプションの公式そのものが異なるがゆえ、異なるIVの値が得られるわけです。服部(2021)でも記載しましたが、実際の取引では、例えばATMFの1 month into 10 yearの円金利スワップションを購入するために〇銭というプレミアムを業者に支払っているだけです。このプレミアムは、いわばスワップションの供給者と需要者の需給で決まっているといえます。このプレミアムを解析的に解かれたオプションの公式に当てはめてIVを計算するとは、投資家がある金利モデル(具体的には式(1)および式(2))が仮に正しいと想定した場合、あるプレミアムでスワップションを購入した投資家がその背後で想定しているボラティリティがどのようなものかを解釈していることを意味します。このように考えると、その解釈として出てきたボラティリティがもっともらしいかは、そのモデルが前提としている仮定が現実に合っているかに依存します(もっとも、実務的には、オプションの公式を用いてIVを算出する場合、オプションのプレミアムからボラティリティへの変換式としての実用性がフォーカスされる傾向がある点に留意が必要です)。2.4 シフティッド・ログノーマル・モデル前述のとおり、ノーマル・モデルが普及し始めた背景には、金利がマイナスになったことが原因です。もっとも、ここでの主眼はモデルに基づいてオプションのプレミアムをボラティリティ(IV)として解釈したいという点です。その意味では、関心事は金利の水準ではなく、金利がどの程度変化するか、という点ということもできましょう。そのため、ブラック・モデルに対して、金利と権利行使価格を両方とも一定程度シフトさせて、金利が正になるように調整したうえで、オプションのプレミアムからボラティリティを解釈するというアイデアもありえます。具体的には、(1)のモデルをdFt=σB(Ft+shift)dWtという形で、スワップ・レート(F)にshiftを足すことでシフトさせます。これはログノーマル・モデル(ブラック・モデ58 ファイナンス 2021 Oct.連載日本経済を 考える

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