ファイナンス 2021年10月号 No.671
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原資産のリターンが正規分布に従う場合、原資産の価格が対数正規分布に従う点はファイナンスのテキストで丁寧に説明されるポイントです。数式での展開は、例えばハル(2016)などを参照していただきたいのですが、直感的には、リターンに対して正規分布を仮定している場合、価格に注目すると、価格が2倍になる確率と価格が1/2倍になる確率は同じになります。同様に、価格が3倍になる確率と価格1/3倍になる確率は同じになります。このイメージを持てば、リターンに正規分布を想定すると、価格の上昇に対して、価格の下落は小さくなり、図1の右図のように、価格についての分布が非対称になることや価格そのものがマイナスになることはないイメージを持つことができます*2。スワップションは原資産が金利スワップのオプションですから、ブラック・モデルを用いてIVを計算する場合、具体的にはスワップ・レート(厳密にはそのフォワード・レート)*3のリターン(変化率)が正規分布に従うことを想定します。すなわち、ブラック・モデルに基づいた場合、スワップ・レートは対数正規分布に従うことを意味しますから、スワップ・レート(フォワード・レート)そのものはマイナスにならないという想定がなされます。これは名目金利がマイナスにならないことを想定すれば良い性質といえます。名目金利はマイナスにならないと想定されていたため、スワップ・レートが対数正規分布に従うという仮定は良い性質とされてきました。実際、金利がマイナスになりうるモデルは、2010年以前のテキストでは、そのモデルの有する欠点として説明されることが少なくありません*4。実務的にも、マイナス金利以前は、スワップションのIVを計算するときのデフォルトのモデルはブラック・モデルに基づくものでした。もっとも、現在のように金利がマイナスになった世界では、スワップ・レートが対数正規分布に従うモデルを用いることができないわけです。筆者自身が経験したことですが、マイナス金利を経験する2010年中盤以*2) 厳密には対数収益率、すなわちlog(当日の終値/前日の終値)を指します。但し、収益率の絶対値が小さい場合、これは収益率((当日の終値-前日の終値)/前日の終値)とほぼ一致することが知られています。*3) 本稿ではわかりやすさを重視し、スワップ・レートとして説明しています。スワップションにおいて、原資産が金利スワップのフォワード・レートであり、それが正規分布や対数正規分布に従うという想定は初学者にとって直観的な理解が得にくい点です。例えば、1か月後に行使される10年スワップションの場合、1か月後のスワップ・レートが正規分布(対数正規分布)に従うという想定をしており、1か月後のスワップ・レートを現時点でみれば、スワップのフォワード・レートに相当します。*4) ファイナンスのテキストでは、例えばVasicekモデルはマイナス金利になる可能性があり、その点を改善したものがCIR(Cox-Ingersoll-Ross)モデルと説明されます。ハル(2016)では「CIRモデルでは、金利がゼロに近づくとき、金利の動きは非常に小さくなる。いかなる場合でも負の金利が発生することはない。」(p.1119)と説明されています。前は、スワップションでもブラック・モデルが用いられていることがほとんどでした。金利がマイナスに突入するなかで、ブラック・モデルのIVをBloombergなどのベンダーが提供しなくなり、スワップ・レートが正規分布に従うノーマル・モデルが普及されていくことになりました。2.2 数式を用いたモデルの概要ここから、数式を用いてモデルを整理していきます。ブラック・モデルでは、スワップ・レート(厳密には金利スワップのフォワード・レート)をFtとして、下記のようなモデル化がなされます。=↔== ≈× =√[1√2−2/2+∙()]=−√=∑(0,)+=+1=[(1)−(2)] 1=ln(/)+2/2==12=2=1−√∑[()−(,; ,,,)]2∈(1)ここで、dWtはウィーナー過程であり、正規分布に従う動きというイメージをもってください(ウィーナー過程の厳密な説明はハル(2016)などファイナンスのテキストを参照してください)。(1)は直感的には、(微小時間における)スワップ・レート(厳密には金利スワップのフォワード・レート)の変化率(dFt/Ft)が正規分布に従うことを意味しています。ここにおけるσBがしばしば、ブラック・ボルといわれますが、スワップ・レートの変化率が正規分布に従うことは前述のとおり、スワップ・レート(金利水準)が対数正規分布に従うことを想定していることから、ログノーマル・ボルと呼ばれることも少なくありません。一方、スワップ・レートそのものが(対数正規分布でなく)正規分布に従うモデルをノーマル・モデルといいます。具体的には、下記のようなモデルを想定します。=↔== ≈× =√[1√2−2/2+∙=−√(2) ファイナンス 2021 Oct.57シリーズ 日本経済を考える 117連載日本経済を 考える

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