ファイナンス 2021年10月号 No.671
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8. 薬の開発:iPS細胞で難病の原因を調べる様々な難病の患者さんの血液からiPS細胞を作り、そのiPS細胞から患部の細胞を大量に作り出して、実験室で病気の原因を解明したり、さらには病気の進行を抑える薬の探索(スクリーニング)を行う、これがiPS細胞の二つ目の使い方です。これによっていくつかの病気に対する薬の候補が見つかり、アルツハイマー型の認知症やPendred症候群という遺伝性の難聴やALS(筋萎縮性側索硬化症)あるいはFOP(進行性骨化性線維異形成症)という全身の筋肉に骨ができてしまう病気に対する治験が進行しています。9.iPS細胞と新型コロナウイルス(1)iPS細胞を使った新型コロナウイルス研究多くの病気がある中で、世界中で一番大変な病気の1つが、新型コロナウイルス感染症です。日本も大変な状況にありますが、私たちは新型コロナウイルスに対する研究にiPS細胞を少しでも活用したいと考えて、研究を行っています。色々な人からiPS細胞を作っています。そのiPS細胞から肺の組織、オルガノイドと呼ばれる小さな立体構造を作り出したり、心臓の細胞を作り出すことができます。こうした人間のiPS細胞から作った細胞に新型コロナウイルスが非常に効率よく感染するということが分かり、これまでにない新しいウイルスの研究材料がiPS細胞によって提供できます。また、iPS細胞の良いところは、患者さん一人一人から作ることができるので、患者さんの病歴とリンクさせることができる点です。細胞ですが、あたかも患者さんの一部のような研究を実施することができます。(2)新型コロナ回復者からのiPS細胞樹立大阪の病院と京都大学医学部附属病院の協力を得て、実際に新型コロナウイルスに感染して回復された方、軽症であったり、中等症であったり、重症であったり、同じウイルスなのに人によって全然臨床症状が違いますが、それぞれの臨床症状の方から回復後に血液を提供いただいて6人分のiPS細胞を作りました。これまでに3人分のiPS細胞を無償で国内外に提供しています。(2021年8月から6人分を提供開始。)これによって少しでも新型コロナウイルスの研究に貢献したいと考えています。(3)新型コロナ:各国の現状・対策の強弱現在、二百か国以上が同じウイルスに多大な影響を受けています。ほぼ同じウイルスですが、国によって、対策や政策が大きく異なりますし、また被害の程度も大きく異なっています。イギリスのオックスフォード大学が、各国のコロナウイルスに対する対策をその厳しさに応じて点数化しています。学校閉鎖や移動制限、ロックダウンを含めて、最も厳しいのが100、何もしていないとゼロです。昨年1月時点ではすべての国がゼロでしたが、昨年4月頃は、欧米ではロックダウン等で100点に近い厳しい対策をとった国もありました。現状でも60点とか70点という対策をとっている国もあります。日本はこうした国々に比べると常に穏やかな対策をとり40点から50点くらいの対策をずっと続けてきています。一方で、新型コロナウイルスによる累積死者数を見ますと、欧米諸国では甚大な被害が出ています。欧米では人口百万人当たり二千人から千数百人くらいが亡くなっています。日本は人口百万人当たり百人くらいの死者数です。(4)ファクターX日本の現状というのは比較的緩い対策そして限られた検査にもかかわらず、死者数は非常に少ないということで、この食い違いを説明するために何らかのファクターがあると考えています。ファクターXと仮に名付けていますが、これは日本人の高い社会規範であったり、厚生労働省や保健所が中心となって行っている効果的な対策であったり、もしくは何らかの遺伝的背景があるのかもしれません。両側に「感染収束」と「感染拡大」とがあるシーソーに例えるなら、去年の従来型のウイルスに対してはファクターXや日本の比較的緩い対策で何とか「感染収束」の方に傾けることができていました。今年に入ってイギリス由来の変異型ウイルスが蔓延したこと54 ファイナンス 2021 Oct.連載セミナー

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