ファイナンス 2021年10月号 No.671
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りという言葉が適切かどうかわかりませんが、急速にこうした実験や研究が世界で進行しています。(7)実用化をはばむ「死の谷」こうしたことはまだまだ基礎研究が中心ですが、これを実用化していくためには、大学、アカデミアから製薬企業等の大手の企業にしっかり橋渡しをしていくことが極めて重要です。ところが、大学と企業の間には大きな「死の谷」があるということが以前から言われています。アカデミアが革新的なアイディアを出して製薬企業が興味を持っても、拾いに行く体力が製薬企業になく止まってしまう。これが20年、30年と時間がかかる原因、費用が非常に高額になる原因の一つです。アメリカではこの「死の谷」をベンチャーが見事に埋めています。日本や他の国に比べて、ベンチャーに対する投資額や人材も遥かに豊富です。私はアメリカでも研究活動をして身を持って体験、痛感していますが、アメリカはベンチャーによってこの橋渡しがうまくいっている国です。しかし、ベンチャーは投資家から膨大な投資を受けて橋渡しをしますので、副作用として、治療費の高額化につながってしまうこともあります。(8)橋渡しとしてのiPS細胞研究所(CiRA)そこで私たちは、iPS細胞という日本発の技術においてはベンチャー中心ではなく、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)という国立大学の研究機関である私たちがこの橋渡しをしっかり行うということで、これまで一生懸命活動してきました。具体的には、ストックをはじめとするiPS細胞を製造して提供するのみならず、iPS細胞から心臓や神経の細胞を作るという分化細胞の製造も、品質評価も、技術トレーニングも行っています。製造ノウハウや文書提供、知財アドバイス、こういったことも企業をはじめとするユーザーに、アカデミアに対しては無償で、企業に対しても低価格で提供してきました。一方で、ユーザー企業からはできるだけいろいろな情報をリターンとしてもらい、これをユーザー間で共有することによって、国際競争に打ち勝つ、という活動をずっと続けてきました。2年前のラグビーワールドカップではありませんが、日本国内をワンチーム体制にしてアメリカ型の強力な研究開発に対抗していこう、というのが私たちがいつも考えていることです。この橋渡しを国立大学で続けていくには利点も数多くあります。公共性が非常に高いということで、日本赤十字社や骨髄バンクから最大限の支援を受けることができていましたし、情報共有も企業からしてもらいやすい。また利益を追求しませんので、細胞の提供も非常に低価格で行うことができます。また国からの支援に加えて、ありがたいことに多くの方からご寄付による支援もいただきました。このように利点も多いのですが、CiRAは国立大学の組織ですので、有期雇用職員を無期雇用にするのが難しいです。先ほどの橋渡しの仕事に百名近い人間が頑張っていてくれるのですが、ほぼ全員が競争的資金等による有期雇用ということで大変厳しい状況がありました。また国立大学で製造した細胞が商用細胞として使えるかどうかについてはいろいろな懸念があります。使えないリスクが高いと言われる中で、より安定した、別の方法を考える必要もありました。(9)CiRAから公益財団法人へそこで、国立大学であるが故の課題を克服して、かつ利点である公共性や公平性を維持する、研究活動も維持する、という道を慎重に探った結果、橋渡しの機能の部分を公益財団として独立させて、それによって公的な役割を維持しつつ、職員の正規雇用を実現させ、また商用細胞の製造も実施できるようにしよう、と決断しました。そこで2019年9月に一般財団法人の「京都大学iPS細胞研究財団」を発足させて、2020年4月に公益財団法人の認定を受け、活動を開始しました。財団の使命は「社会の先を歩く。患者さんと共に歩く。」ということでありまして、具体的には、最適なiPS細胞技術を良心的な価格で届けるということを理念として活動しています。 ファイナンス 2021 Oct.53令和3年度職員トップセミナー 連載セミナー

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