ファイナンス 2021年10月号 No.671
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的な治療になっていくことを期待しています。(4)最適のiPS細胞を使い分ける私たちが行うiPS細胞ストックの提供は国の事業として国の支援を受けて実施していますので、大学には無償で提供していますし、企業に対しても一株当たり十万円という非常に低価格で提供しています。なんとか日本で最初に臨床応用を果たして、日本で薬価を取っていただきたい、という応援の気持ちで、できるだけ良心的な価格で提供しています。これで日本人の40%をカバーできますが、残りの60%についてはこの方法でカバーするのがなかなか大変であることも分かっています。そこで、私たちは、これまでに作ったHLAホモドナー由来のiPS細胞に、最近登場したゲノム編集という遺伝子を書き換える技術を使い、日本人の残り60%のみならず世界の大半の患者さんをカバーできる「ゲノム編集iPS細胞」の作製を始めています。研究用のものはすでに国内で提供していますし、臨床用のものも来年には提供できるように準備を進めています。さらには、iPS細胞の本来の利点である、患者さん自身のiPS細胞を作る、これを「my iPS」と呼んでいます。これについては、現状では時間と価格の面で実用的ではありませんが、いろいろな企業と協力して技術開発を進め、時間と費用を抑えることを進めています。今は数千万円かかりますが、2025年ごろには百万円ぐらいで提供したいと考えています。また現状では作製に半年から1年かかりますが、これを1か月程度の短期間で提供できるようにしたいと考えています。(5)my iPSプロジェクト現状では一人のドナーの方からiPS細胞を作るために3人の作業員が役割分担をしてすべてのステップについて厳密に管理しながら行っています。これは大変時間がかかる作業で、年間で3製造が限度です。1製造に4か月程度かかっています。さらに1ドナーにつき四千万円かかります。作業員3名の人件費も、施設全体の管理費もかかりますし、試薬も非常に高いのです。そこで技術開発を進めてコストダウンをしていきたい。作業の自動化、低容量化です。大きな部屋で作業するのではなく、手のひらサイズの密閉装置の中で自動的に作製する技術開発を進めております。これができたら、年間1000製造くらい作れると思いますし、1ドナーにつき百万円程度でできるようになると考えています。やはりiPS細胞の利点を最大限に生かすためには、何としても「my iPS」を良心的な価格で迅速に届けることを実現させたいと考えています。(6)iPS細胞を使ったこれからの再生医療再生医療は随分進んでいますが、これまでのところはiPS細胞から一種類の細胞を作る、神経の細胞や心臓の細胞というように細胞を作って移植することが中心です。ただ、研究は次の世代にどんどん進んでいっています。今までは二次元の「細胞」でしたが今は三次元の「組織」を作る。例えば、血液から尿を作り出す尿管芽オルガノイドと呼ばれる小さな組織の塊をiPS細胞から作り出すことができるようになっています。これを近い将来、腎不全に医療応用して、今は透析が必要な患者さんが、透析をしなくても社会復帰できる、そういうことを実現させたいと思っています。さらにはこういう組織にとどまらず、「臓器」そのものを作る、例えば、ブタなど大型動物の体内でヒトのiPS細胞由来の膵臓を作る、こういうことに、東京大学からスタンフォード大に移られた中内啓光教授たちのグループが成功しつつあります。今はiPS細胞から臓器を作ることが現実的なオプションになりつつあります。やはり臓器移植に関してはドナー不足が最大の課題ですので、こうしたことが福音になるかもしれません。もちろん様々な倫理的問題についても慎重に議論していく必要があります。外から細胞や臓器を作って移植するのではなく、私たちがもともと体内に持っている「自己再生力」を誘導できるのではないか、という研究も行われています。トカゲは尻尾を切ってもまた生えてくるわけです。人間は事故などで足が切断されると残念ながら再生しませんが、進化の過程で、昔は自己再生力を持っていたわけです。そういう自己再生能力を、iPS細胞を作るのと同じような方法で再生できるのではないか、若返52 ファイナンス 2021 Oct.連載セミナー

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