ファイナンス 2021年10月号 No.671
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英語名にはApplicationという言葉が入っていますが、まさにこれが私たちの使命、ビジョンで、iPS細胞の医療応用を目指して600名近い人間が活動しています。iPS細胞には2つの大きな医療応用があります。「再生医療」と「薬の開発」です。iPS細胞は最初は皮膚から作っていましたが、今は専ら末梢血、採血した試験管一本程度の血液からiPS細胞を作ることができます。iPS細胞は受精卵と同じようにどんどん増えますし、増やした後で、神経、心臓、筋肉、肝臓など、ありとあらゆる人間の細胞を大量に作り出すことができます。これを再生医療と薬の開発に用いようと一生懸命活動を続けています。7.再生医療(1)患者自身の細胞を使う再生医療まず、再生医療について現状を簡単にご紹介します。iPS細胞の理想的な使い方は、患者さんご本人からiPS細胞を作り、そのiPS細胞から移植する細胞、神経の細胞や心臓の細胞を作り出して、これを移植するのが理想です。しかしながら、現実問題として、患者さん自身のiPS細胞を使うのは、現状では時間とお金が非常にかかってしまいます。この一連の流れに最低でも半年の時間がかかりますが、患者さんによっては半年も待てない、半年の間に亡くなってしまう方、手術適応がなくなってしまう方、そういう病気の患者さんはたくさんおられます。また、この一連のプロセスで、現状では数千万円から一億円くらいのお金がかかってしまいます。ですから、患者さん一人一人に適したいわゆるオーダーメイドの再生医療は、現段階では難しいというのが現状です。(2)再生医療用iPS細胞ストックそこで私たちは国の支援を受けて、再生医療用の「iPS細胞ストック」という事業を行っています。iPS細胞はドナーの方の細胞を移植するので、拒絶反応が起こってしまいます。ところがHLAホモドナーという特殊な免疫型をお持ちの方が他の多くの方に細胞を提供しても拒絶反応があまり起こらないということが分かっています。ただ数百人から数千人に一人しかいませんので、一から探すのは本当に大変ですが、幸い、私たちは日本赤十字社から多大な協力をいただいています。日本赤十字社は血小板輸血、骨髄ドナー、臍帯血バンクといった事業を通じて何十万人という日本人の免疫のタイプ、HLA型をすでにデータベースとして持っています。その協力を得ることによってHLAホモドナーを効率よく見つけることができています。このドナーに説明して同意を得ることができたら、私たちの研究所にある臨床グレードの細胞製造施設に血液を持ち込み、iPS細胞をあらかじめ作っておいて、徹底的に品質評価をして合格したものだけをストックして提供する。こういうことを2015年から開始しています。これまでに日本人の免疫型、HLA型の頻度として最も頻度の高い一位から四位までの免疫型をホモでお持ちの方のiPS細胞を作製して提供しています。この四種類だけで日本人の40%をカバーできるというストックです。(3)iPS細胞ストックの臨床への適応私たちが提供しているiPS細胞ストックは、臨床試験で実際に患者さんに移植されています。臨床試験には臨床研究と治験の2つがあります。加齢黄斑変性、角膜の病気、網膜色素変性といった眼科疾患、膝の軟骨損傷などが臨床研究として行われております。また治験としては、パーキンソン病、心臓の心不全といった病気に対して行われており、私たちのiPS細胞ストックを用いた再生医療が既に実施されています。それ以外にも、血液疾患の方に対してiPS細胞から作った血小板を輸血するとか、頭頸部がんに対してiPS細胞から作った免疫細胞を移植してがんの治療を行うとか、こういった臨床研究や治験がすでに実施されています。大部分はiPS細胞ストックを使っていますが、一部は患者さんご自身の細胞を使っている場合もあります。さらに計画が進行中のものとして、様々な癌、肝不全、糖尿病、腎不全などに対する再生医療が近い将来、臨床試験として始まる予定です。これらのうちの多くが5年後、10年後くらいには承認を受けて一般 ファイナンス 2021 Oct.51令和3年度職員トップセミナー 連載セミナー

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