ファイナンス 2021年10月号 No.671
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財務総合政策研究所Ministry of Finance, Policy Research Institute1.研究の力で病気を克服(1)父の死をきっかけとして医学研究者の道へ私が医学に進むきっかけはいくつかありましたが、最大の影響は父親でした。私が中学生の時、父は仕事で怪我をして、その際の輸血が原因で肝炎を患いました。当時の病名は「非A非B型肝炎」というもので、要は原因がわからない肝炎でした。原因がわからないので治療方法もなく、その後、肝炎から肝硬変になってしまい、健康がどんどん損なわれてしまいました。その姿を見ているうちに私は医学への興味を強く持つようになりました。そして父親も、自分の病気のこともあったのか「もう工場を継がなくていいから医学部に行ったらどうだ」と勧めてくれましたので、私は医学部に入り、1987年に医学部を卒業しました。その頃には父の病気もかなり進行して、入退院を繰り返し、かなりしんどかったと思います。医師になった私ができることと言えば、対処療法の点滴ぐらいでしたが、実の息子から点滴をしてもらうことは苦しい中でもなんだか嬉しそうにしていたのを覚えています。しかし、残念ながら私が医師になった翌年の1988年に58歳で父親は亡くなりました。私が今ちょうど58歳ですが、この年齢で人生を終えるということは悔しかっただろうなと改めて思います。父の死がきっかけとなり、父のように当時の医学では治療方法がない患者さんにどうすれば貢献できるか、ということを考えるようになりました。その結果、臨床医から医学研究者へと自分の進む道を変えました。父親が亡くなった翌年の1989年に、父親が患った病気の原因がアメリカで判明しました。それは、今ではC型肝炎ウイルスとして知られているウイルスです。直径50から60ナノメーターくらいの非常に小さな小さなウイルスですが、これに父親は命を奪われました。原因が分かりましたので、世界中の研究者や製薬会社が治療薬開発に乗り出し、画期的な薬が作り出されました。日本で2014年に販売された「ハーボニー」と呼ばれる抗ウイルス薬で、C型肝炎に対する特効薬です。一日一回の内服を3か月続けると、感染後初期の患者さんであればほぼ全員が治る、ウイルスが消失する、という画期的な薬です。この薬があったら父親は今でも生きていたかもしれません。今生きていたら91歳になりますので、十分あり得る話かなと思っています。このC型肝炎の歴史は研究の力で病気を克服した成功例です。私たち医学者はこのようなことを目指して日々活動しています。昨年のノーベル医学生理学賞の受賞者はこのC型肝炎ウイルスを発見した3名の研究者でしたので、私にとっては非常に感慨深いものがありました。(2)医学研究者が抱えている2つの課題C型肝炎の歴史は研究の力で病気を克服した成功例ですが、同時にこのC型肝炎のストーリーは私たち医学研究者が抱えている2つの大きな課題を典型的に物語る事例でもあります。まず、ウイルスが発見されたのは1989年、薬が日本で販売されたのが2014年ですので、その間実に25令和3年6月1日(火)開催令和3年度職員 トップセミナー山中 伸弥 氏(京都大学iPS細胞研究所所長/教授 公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団理事長)iPS細胞  進捗と今後の展望演題講師48 ファイナンス 2021 Oct.連載セミナー

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