ファイナンス 2021年10月号 No.671
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りの構図は大きな意味では維持されている。また、セギュール医療全体会議のテーマや報告書は「給付増」部分に限定されず、2018年の「私の保健2022」以来の懸案である保健分野への投資・医療費支出の改革・医療ガバナンス改革等の「中期的構造改革」部分が盛り込まれた。「医療提供体制改革編・上」で見たように、マクロン大統領は、コロナ危機発生に際して、政治的には2018年策定の「私の保健2022」を表向き否定して見せた。一方で、セギュール医療全体会議の結論とその後の取組みは実務的には「私の保健2022」と連続的・整合的である。これまでの取組みの政治的な否定によって「給付増」部分を生み出し、実務的な肯定によって「中期的構造改革」部分の再定義・加速を図る、という多義的な形でフランス政府はコロナ危機発生という逆風を利用した。(2) 進捗のバラツキとフォローアップ態勢の整備「給付増」部分は短期で実施済み・既得権となる一方で、「中期的構造改革」部分は関係者の粘り強い作業・努力の継続を要する形となっている。医療提供体制改革は双方の部分を以って車の両輪と成すべきものであるので、それらの実施段階もタンデムとすることは理論的にはあり得たのであろうが、コロナ危機発生直後の緊急的な状況に即応する観点もあって給付増が先行し、時間軸の非対称が生み出された。実際に、治療の質等に着目した診療報酬改革やガバナンス改革等の分野においては、当初の報告書内容より実施が遅れつつある項目なども見られる。それぞれの項目の間でも、その進捗度合いはバラツキがある。フランス政府自身も、医療現場に近いところでの改革内容の実践はまだまだこれからであることを認めている。一方で、進捗度合いの定量的評価、政策追跡委員会の設置と四半期に一度の開催など、フォローアップを*47) 他方、フランス病院連盟(FHF)のフレデリック・ヴァルトゥー(Frédéric Valletoux)会長などは、2021年4月段階の新聞インタビューにおいて、(セギュール医療全体会議そのものではないがその前身である)「私の保健2022」の進捗について問われ、「当初のマクロン大統領の演説は力強く、保健システムの真の問題点に切り込んでいたが、法律になった段階で非常に弱々しいしいものとなってしまった」「保健サービスの地域展開、病院のガバナンスの明確化、3割に上ると言われる不要な治療行為の無駄削減、システムの脱官僚主義、行政手続の簡素化などは手付かずになっている」と批判するなど手厳しい。https://www.legaro.fr/social/les-ambitions-de-la-loi-ma-sante-2022-confortees-par-la-pandemie-20210412*48) https://www.mutualite.fr/presse/plfss-2021-la-mutualite-francaise-regrette-le-choix-de-la-taxe-et-exprime-des-reserves/*49) フランスの医療保険システムには、公的医療保険に対して上乗せ給付を行うためのものとして、補足的医療保険制度が存在する。*50) 報道によれば、一時期政府はこの臨時的「財源拠出」の上積みを検討したものの、補足的医療保険の保険者側が「保険料へ転嫁せざるを得なくなる」、などと反発したため、上積みは見送りの公算、と報道されている。https://www.lesechos.fr/economie-france/social/exclusif-complementaires-sante-la-taxe-covid-ne-va-nalement-pas-augmenter-1345258丁寧に行い、「中期的構造改革」のモメンタムが落ちないように努力していると感じられる*47。(3)医療財政の持続可能性セギュール報告書を実施することに伴い、医療費全体の4%~5%程度に相当する医療財政の悪化がもたらされた。より直接的なコロナ対応のための支出増大や保険料収入の減少などとあいまって、医療財政の先行きは不透明感が増している。新型コロナの感染拡大に伴う外科治療等の減少により医療保険に対する請求が減っていることなどを根拠に、フランス政府は2020年度及び2021年度の2年間で合計15億ユーロの臨時的「財源拠出」*48を補足的医療保険*49の保険者(共済組合、民間保険会社等)に対して賦課するなど、財源確保の取組みも皆無ではないが、規模的に見てもその臨時性に照らしても医療財政の構造的な健全化に本格的に資するものではない*50。セギュール報告書の一部ともなっているT2AやONDAMの改革により医療の質・適切性・効率性を向上させるという医療的取組みの反射的効果に依って医療財政の持続可能性を確保していけるのか、あるいは(英国のように)医療財政に関するもう一段の枠組みが今後数年間のうちに必要となるのか、注目点である。来月号以降は失業保険改革編をお送りする。※本稿の内容は筆者の個人的見解であり、所属組織の見解を示すものではない。 ファイナンス 2021 Oct.27コロナ危機下におけるフランスの制度改革の行方SPOT

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