ファイナンス 2021年9月号 No.670
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しか住んでいないのでPRする必要もないし、情報を伝える必要もない。それが流通の発達により生産者が淘汰されていき、今では日本酒も味噌も醤油も大体千蔵くらいになってしまいました。商品を造っている人間が流通を手掛けることが少ないので、運搬するコストやPRするコストを計算せずに値付けがされて、地元の値段がそのまま全国の値段、世界の値段になります。その結果、日本酒は安くて利益率が悪いということになってしまいました。でも、生活に根付いている産業というのはとても面白くて、全国を巡る旅の中でそこに行かないと手に入らない情報や知識を得た結果、毎日行う食べること、飲むこと、器を愛でることなど、僕の生活のクオリティが一気に高くなりました。それを多くの人にシェアしてみると、皆が知っているようで誰も知らないことが多いことに気付きました。こういう情報をまとめたのが「にほんもの」です。僕がそこまでたどり着くのにとても苦労したし、それを多くの人に伝える場所が必要だと感じたからです。10年以上全国を回ることで、地場にしか続いていないような産業だからこその面白さと素晴らしさとともに、抱えている問題点を知ることができました。こんなに素晴らしいものや人たちがいて、でも知られていないことによって斜陽産業になってしまっている、これをどうにか変えられないかと思ったことが会社(株式会社JAPAN CRAFT SAKE COMPANY)を始めるきっかけです。それは単純に言うと、日本酒も含めた伝統産業を助けたいということではなくて、僕は「これはすごいぞ、これがきちんと国内や海外にちゃんと伝わっていけばすごい産業になるぞ。」と可能性を見ています。この素晴らしい業界に足りないシステムを考えることは、第三者にしかできないことだと思い、現在会社をやっています。5.日本酒業界の課題阪田 日本酒についてはどのようなところに強く問題を感じておられるのですか。中田 まず、ラベルが読みにくく情報がわからないという問題があります。ラベルに書いてある表記も分からないし、どういう意味をなすのかも消費者にはわからない。読めない漢字も多く、バックラベルを見てもどんな味かわかりにくい。また海外でこれだけ日本酒需要が伸びているのに、外国人が全く読めないラベルが多いのです。僕も、最初は知識がなく、銘柄もわからなかったのですが、いろいろな蔵元を回った結果、自分好みのお酒を選べるようになりました。イタリアでの生活が長かったこともあり、それまではワイン9割、日本酒1割ぐらいの割合でお酒を飲んでいましたが、日本酒の選び方がわかってくると、これまでよりも和食屋さんに行く機会が増え、自然と日本酒を飲む機会が増えました。一緒に行く友達の多くは日本酒のことが分からないし、好きではないと言う人もいるのですが、僕が好みを聞いて選んだ日本酒を飲んでもらうと、日本酒を好きになる人が多くいます。つまり、日本酒のことがよく分からないから飲まない、嫌い、と思っているだけで、実はそうではない。非常に良いプロダクトがたくさんあるのですが、情報がきちんと伝わっていないために知られていないのです。もう一つの問題は、おいしいものをおいしい状態で飲めていない、という流通と管理の問題です。蔵で飲むお酒と飲食店で飲むお酒の味が違ったり、海外で日本酒を飲むと「なんでこんなにまずいのだろう。」と思った経験が多々あります。そこで出来上がった商品の管理方法をみせてもらうと、自分がおいしいと思っている蔵元の多くは、出来た日本酒をマイナス温度で保管していることが多いのですが、酒販店やレストランでは日本酒を常温やそこまで低い温度で保管していないところが沢山ありました。結果、味が変わってしまっていたのです。ワインではどうかというと、例えばイタリア、フランスで造られたワインが国外に流通していくときにはきちんと温度管理されたコンテナで運ばれ、酒販店やレストランでも温度管理ができるワインセラーで保管されます。ワイン業界では、生産者とそれを流通させている人、ワイン雑誌を作る人、ソムリエを育てる機関、ワインのアプリを作る人、ワインセラーを作る人、すべて違う人々がやっています。つまり、その産業が大き ファイナンス 2021 Sep.65令和3年度職員トップセミナー 連載セミナー

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