ファイナンス 2021年9月号 No.670
66/98

ことが、今につながっていると思います。足が速くないし、体も強くない、技術もなかったら何ができるかというと、頭を使うしかありません。何手も先を読んで、こういうふうになるだろうからこういうポジショニングをしておけばいい、こういうところにパスを出せばいいということを常に考えていました。グラウンド上の22人の中で自分が一番輝くためには、残りの21人をコントロールすることです。直接言葉ではコントロールすることができませんが、ポジショニングやパスを通じてコントロールすることができます。そういうことを中学生の頃から既に考えていたというのが僕の特徴だろうと思います。僕のことを昔からサッカーではエリートだと思う方が多いのですが、最初からレギュラーだったことは一度もなくて、たまたま世界大会のあるときにレギュラーで出ていたというだけの話で、そこまでの何年間かは補欠であることが多かったんです。だからこそ、周りにいる選手の能力と自分の能力を考えて、自分はどうやったらそこで活躍できるのか、ということを常に考えていました。水泳や100メートル走ならば違うと思いますが、ボールが介在するということが重要で、球技というのは本人の身体能力だけではなくて、頭を使えばいくらでもやりようがあります。そういうところが球技の面白いところで、駆け引きで自分の能力を生かすやり方や環境づくりができます。僕はイタリアに行っても、ワールドカップに出ても全く同じことを繰り返していました。また、よく「憧れの選手はいますか」と聞かれますが、僕にはいたことはありません。なぜかというと、完璧な選手は一人もいないからです。上手い選手はたくさんいますが、上手い選手も完璧ではないなら、その選手たちの良いところだけを手本にし、最も自分に合っているものを選択して、沢山の選手から学べば、総合的に自分がそれらの選手よりも上になることができます。あらゆる分析をして、きちんと自分ごととして考え、吸収していくことが、サッカー選手として僕の一番の能力だったのかなと思います。フィジカル的な能力について言えば、例えば僕が普段100メートルを6秒5で走っていたとしたら、どんなに鍛えてもいきなり5秒では走れません。不可能なことを考えるのではなく、自分にとって可能なことを考え続けること。考える事に限界はないので、とことん可能性を突き詰めながらリアルでできることを考えます。イタリアでプレーしていた時も、175センチで73キロの僕よりもかなり大きい選手はたくさんいます。いくら鍛えても普通にぶつかり合ったら負けてしまうので、相手のポジショニングが良い場合は、体を当てられても相手のファールにしかならないように身体の角度などを考えます。少し専門的になりますが、相手を手で押さえた場合にはファールになります。でも、相手の顔の前に手を置いておくことはファールではないし、顔の前に手があったら突っ込める人はいません。そのようにして、相手のスピードを殺すことも一つのやり方です。それから、プレー中にぱっと相手の目を見ることもあります。人間は目を見られると見返してしまいますが、そのときに手足に意識が届いている人はあまりいません。目を見られると両足に重心が乗るので、次の動きにはどうしてもワンテンポ遅れます。そこでパスを出せばいいわけです。こんなふうに人間の心理や癖も考えて、自分の能力を生かすために何ができるかを考え続けていました。阪田 お話を伺っていると中田さんにとってサッカーはまだまだ探求する余地のある面白いものだったのではないかと思うのですが、なぜサッカーを辞めるという決断をされたのでしょうか。中田 僕はサッカーが好きで、たまたまプロサッカーリーグができたのでプロサッカー選手になりましたが、お金をもらうためにサッカーを始めたわけではありません。お金はあったほうがいいけども、自分のやりたかったことは、単純にサッカーが上手くなること。でも、2000年初頭以降、イタリアを含めてサッカー界全体がビジネスとしてとても大きくなっていきました。すると、プレーの質に重きを置いてきた選手たちが、よりお金のことを考え自己中心的なプレーが多くなったり、選手以外にもお金を求めて、沢山の人達が入ってきました。そうした環境が僕は嫌でした。自分が好きではない環境でサッカーをし続けることは、僕にとってそれまでの人生を裏切ることと同じです。だからこそ、イタリアのチームに契約を切ってく62 ファイナンス 2021 Sep.連載セミナー

元のページ  ../index.html#66

このブックを見る