ファイナンス 2021年9月号 No.670
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る。国際社会は、流通の取締りに加え、ケシから合法作物への転作を進めることでこれに対応しようとしているが、上記の通りテロ組織は支配地域での不法な「徴税」を行っており、その過酷な取立てに応じるために、合法作物からケシへの、逆向きの転作を余儀なくされるという事態も発生している。麻薬に関わる地下資金の大きな流れとしてもう一つ想定されるのが、国家的アクターである。特に、日本との地政学的関係においては、北朝鮮による外貨獲得手段としての麻薬密売疑惑が重要である。国連制裁委員会に設置された北朝鮮制裁に係る専門家パネルは、既に2010年の段階で、北朝鮮が他の違法行為と並んで麻薬の取引に関与している可能性に言及している*12。最近では、欧州4ヵ国の共同制作で2020年に公開されたドキュメンタリー映画において、欧州の親北朝鮮団体を通じたデンマーク人男性の10年に亘る潜入取材により、北朝鮮の様々な外貨獲得工作が浮き彫りにされ、国際的に大きな反響を呼んだ。この映画は、NHKでも『潜入10年 北朝鮮・武器ビジネスの闇』として放送されたが(原題:The Mole:Undercover in North Korea)、この中で、北朝鮮がウガンダ政府の協力の下、ビクトリア湖上の島に病院等を偽装した覚醒剤の製造施設を計画していた旨が触れられている。この告発については、2021年の専門家パネル報告書にも言及があり、パネルとしてウガンダ政府に質問状を送るとともに、今後も調査を継続するとされている*13。*12) Report of the Panel of Experts established pursuant to resolution 1874(2009), United Nations Security Council, November 2010*13) Final report of the Panel of Experts submitted pursuant to resolution 2515 (2020), United Nations Security Council, March 2021*14) 『平成15年版 犯罪白書』法務省 法務総合研究所、2003年11月*15) 衆議院議員江田憲司君提出 北朝鮮による麻薬取引・紙幣偽造等の国家犯罪に関する質問に対する答弁書(第164回国会 答弁第162号)、2006年3月28日日本政府はこれまでのところ、麻薬の密売に関し、北朝鮮当局の関与を公式に確認できてはいない。他方で、1997年から数年間、北朝鮮を仕出地とする覚醒剤の大量押収事犯が急増した時期があった*14。具体的には、同年から2002年までにおいては、大量押収事犯の約35%を北朝鮮仕出のものが占めており*15、北朝鮮の国家体制も考え合わせれば、少なくともこの時期には何らかの国家的関与があったと考えることにも、一定の合理性は認め得るであろう。しかし、このような関与が仮にあったとしても、それが体制の中でどの程度のレベルによるものなのか、そして、麻薬取引による収益が、現在の地下資金対策の枠組みにおいて正に捕捉しようとしている、核開発等の資金にどの程度紐付けされ得るものなのかについては、更にベールに包まれている。以上、簡単ではあったが、麻薬が犯罪組織による収益に留まらず、テロ・核開発等に還流する資金を生み出す存在であることを解説した。当然だが、テロ組織や国家的アクターの関与が疑われる違法行為は、麻薬取引に限られるものではない。しかし、ここでも麻薬がそのような結節点としての象徴的な存在であり、また、いくつかの主要な主体にとっては、引き続き現実に大きな収入源となっている可能性があることが、お分かり頂けたかと思う。なおタリバンに関しては、本稿執筆中にアフガニスタンの統治を奪還し、現在進行形で武装組織から国家的アクターへと変貌しつつある。このように、これらの間の峻別は、時として流動的なものである。前章・本章と二度に亘り、地下資金対策の歴史背景的事情と政策的必要性、即ち、国内法で言うところの「立法事実」に当たる部分を説明して来た。いよいよ次章からは、そのような要請に応えるための具体的な制度設計、及びそれが現状抱える課題について、議論を進めて行きたい。※本稿に記した見解は筆者個人のものであり、所属する機関(財務省及びIMF)を代表するものではありません。アフガニスタンで行われているケシ栽培(出典)UN Photo/UNODC/Zalmai, CC-BY-NC-ND ファイナンス 2021 Sep.49還流する地下資金 ―犯罪・テロ・核開発マネーとの闘い―連載還流する 地下資金

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